十勝毎日新聞に掲載された芽室町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第208回 [ 2006/09/01 ] 毎週金曜日更新
十勝めーる >>> 芽室めーる
芽 室 町
町長 宮西 義憲
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
人 口 18,669人
(男8,977人 女9,692人)
面 積 513.91平方キロメートル
花木鳥 ミズバショウ・エゾムラサキツツジ・カシワ・カッコウ
□主な動き
 「町自主自立推進プラン」に基づき、住民と行政との“協働のまちづくり”に向けた各種方策を実施。平成17年度は町民の自主的活動を推進する拠点「町民活動支援センター」を設置。町と町民が協定を結び、行政サービスを行う「めむろ公共サービスパートナー制度」の一環として、町民グループによる役場の総合窓口業務の受託も始まった。まちづくりの最高位のルールとなる「町自治基本条例」策定に向け、現在町民15人による検討委員会と役場内での委員会が情報交換しながら協議。町議会でも同条例について調査、研究を始めた。町民参加による地域活性化への取り組みも活発化し、地産地消や食育について研究、提言する「食に関する協議会」や、町の魅力を発掘する「芽室遺産構想推進協議会」が立ち上がった。
関 連 リ ン ク
芽室町役場ホームページ
芽室町商工会ホームページ
公立芽室病院
芽室町新嵐山スカイパーク
2006年8月29日の記事
「産経国際書展」で道内唯一 後藤さん会友賞
 町内に住む鶴心書道会(本部東京)芽室支部長の後藤勝雄(雅号・景勝)さん(73)が、書道の全国的公募展「第23回産経国際書展」(7月、産経新聞社、産経国際書会主催)で会友賞に入賞した。道内での入賞は唯一。後藤さんは「この賞を取るのが夢だった」と喜んでいる。

 後藤さんは53歳の1986年、「パソコン・ワープロの時代だからこそ始めたい」と妻の幸子(雅号・景幸)さんと共に書の道へ。2年後に同書道会に入会。95年には芽室支部を設立し、99年には師範位を取得するなど熱心に修練を重ねている。現在は会員の最高位に次ぐ無審査会員。

 同展には2001年から毎年出品。作品は縦240センチ、横60センチの大きさで、中国の詩人高青邱(こうせいきゅう)の漢詩(100文字)を行書体で表現した。構想から完成まで約半年かかり、「字の勢いをつけて思い切って書いた」という力作。

 同展の総出品数は公募含めて8030点。会友賞は、審査、無監査会員に次ぐ会友会員が対象。今回は86人が受賞した。

 授賞式(7月27日)には都合で出席できず、自宅でトロフィーと賞状を手にした後藤さんは「20年間の書歴で最もうれしい。今後も努力してさらに上を目指したい」と力を込めている。(新目七恵)
2006年8月28日の記事
実勝寺 人形とおもちゃ2000体供養
 大切にした縫いぐるみなどを供養する「人形とおもちゃの供養祭」(実行委員会主催)が、27日午前11時半から東大成の実勝寺(内山智修住職)で行われた。参列者はアニメキャラクターの縫いぐるみや五月人形など約2000体を持ち寄り、手を合わせた。

 今年で12回目。町内の子供たちが同寺に泊まって修行する「夏休み子供道場」を代表して青山千里さん(芽室西小6年)が「いつも私たちのそばにいてくれてありがとう。静かにお眠りください」と感謝の言葉を述べた。境内に建立された「おもちゃ塚」の前には多数の人形が並べられ、訪れた町民らが献花した。

 同寺ではいも団子や焼きそばなどのチャリティー門前市も行われ、益金はユニセフ募金に寄付された。(新目七恵)
2006年8月28日の記事
青空の下、収穫に汗流す めむろ農業小学校で40人
 親子で農作業を体験する「めむろ農業小学校」(校長・宮西義憲町長)で、今年最初の収穫作業が27日午前9時半から美生の圃場(ほじょう)で行われた。青空の下、参加者約40人が枝豆などの収穫作業に汗を流した。

 同学校は、町の基幹産業である農業への理解を深める目的で毎年開校。今年は17組が参加し、スイートコーン、ジャガイモ、カボチャなど4品目の種まきから収穫までを体験している。

 この日はカボチャ以外の農作物を収穫。子供たちはJAめむろ青年部上伏古支部(高橋新支部長)の部員や保護者らと協力し、枝豆のさや取りなどの作業に励んだ。

 今年で7年目の参加となる上嶌沙綾さん(芽室小6年)は「去年より実が小さめだけど、帰って食べるのが楽しみ」と話し、手際よく収穫した枝豆を運んでいた。

 9月10日に残りの作物を収穫し、10月に閉校式を行う。(新目七恵)
2006年8月27日の記事
全国官公庁野球大会 町役場ベスト16入り
 町役場職員でつくる野球チーム(佐々木晴彦監督、部員18人)が、第57回全国官公庁野球大会(20−24日・東京、全国官公庁野球連盟主催)でベスト16入りを果たした。メンバーは「さらに上を目指したい」と喜んでいる。

 大会には全国の自治体や消防局などから58チームが出場。芽室町役場は十勝・釧路・根室3支庁の代表として出場、道内からはほかに札幌市役所など3チームが参加した。

 第1試合で高知市消防局チームを5−3、第2試合で佐賀広域消防局チームを6−4で破った。佐賀との試合では、6回に逆転されながらも7、8回にそれぞれ2点を追加し、勝利を収めた。前年優勝チームの福山市役所チームと対戦した第3試合は、1−6で敗れた。

 芽室町役場は近年、ほぼ毎年大会に出場しており、2002年にはベスト8まで進んでいる。ベスト16入りは1997年以来2回目。マネージャーの土田雅敏さんは「チームワークの勝利。来年はベスト4を目標にしたい」と話していた。(新目七恵)
2006年8月25日の記事
チーズ工場着工 明治乳業
 明治乳業(本社東京、浅野茂太郎社長)が町内芽室東工業団地(東芽室北1線15)に建設するナチュラルチーズ工場の地鎮祭が、25日午前11時から現地で行われた。関係者約90人が出席し、工事の安全と事業の成功を祈願した。

 神事の後、岡田設計(札幌)の岡田孝生社長がかま、浅野社長がくわ、奥村組(大阪)の神原裕一副社長がすき入れを行った。

 式後、浅野社長は「積み重ねたチーズ研究の成果を結集して日本人の嗜好(しこう)に合ったナチュラルチーズを生産し、市場の拡大に努めたい」とあいさつした。

 同工場は敷地面積約13万8000平方メートル、延べ床面積3万4300平方メートル。生産規模は生乳ベースで年最大20万トンで国内最大。総事業費は120億円(土地代除く)。操業開始は2008年春を予定している。(新目七恵)
2006年8月24日の記事
上美生中 岐阜県の中学生と交流
 上美生中学校(西山猛校長、生徒32人)に23日、岐阜県揖斐川(いびがわ)町坂内中学校(馬淵俊紀校長、生徒13人)の生徒7人が訪れ、ゲームなどで交流を深めた。

 十勝への入植者が多い揖斐川町坂内地区では、郷土を学ぶ社会体験として、上美生中との交流会を含めた北海道研修を行っている。1989年に始まり、今回で16回目。今年は1、2年生が、21日から札幌市や音更町十勝川温泉などを巡り、23日に芽室入りした。

 午前9時半からの交流会では、坂内中生徒がヨサコイを披露、上美生中の生徒は創作ダンスで歓迎した。生徒たちは「こおりおに」などのゲームで楽しみ、給食を一緒に食べながら自己紹介するなど親睦(しんぼく)を深めた。

 上美生中3年で生徒会長の武藤駿輔君(15)は「踊りのキレがあってすごかった。文化が違う人と交流できて楽しい」と話し、坂内中2年の澤崎友紀さん(13)は「上美生中は私の学校のように先輩後輩が仲良く、まとまっていていいなと思った。十勝は空が広くてきれい」と笑顔だった。

 坂内中の生徒たちは、同地区からの入植者子孫でつくる「十勝坂内会」(会長・平野勝一町議会議長)の紹介を受けた幕別、芽室両町の農家3戸にホームステイし、25日に帰る予定。

 町と揖斐川町は、5月に友好都市提携を結んでおり、小・中学生派遣などで相互交流を進めている。(新目七恵)
2006年8月23日の記事
開拓の先駆者高橋利八 神奈川在住 ひ孫の鷹巣さん来勝
 依田勉三率いる晩成社の一員として渡道し、芽室町開拓の先駆者の1人となった高橋利八のひ孫鷹巣秀子さん(53)=神奈川県在住=が21日から十勝を訪れ、先祖の足跡をたどっている。22日には芽室町西士狩にある利八の入植碑などを見て回り、開拓当時に思いをはせた。鷹巣さんは「(曽祖父の)利八の名がしっかり残されていて驚いた」と話していた。(新目七恵)

 「西士狩開拓史」や関係者によると、利八は静岡県賀茂郡小野村生まれ。1883年(明治16年)、22歳で晩成社移民団に参加。86年から鈴木銃太郎、渡辺勝とともにシブサラ(現西士狩)開拓に乗り出し、93年までに10ヘクタールを開墾した。また、97年には大村壬作(のちの第3次芽室村長)に納屋を教室として貸し、地域の児童教育にも協力した。その後、根室方面の開拓にも従事し、晩年は帯広に移転して生涯を終えた。

 利八は妻キヨとの間に4女を設けており、鷹巣さんは三女のカウさんが祖母に当たる。カウさんは1973年に東京で他界(享年79歳)、カウさんの四女で鷹巣さんの母昭子さんも2000年に神奈川県内で亡くなった(享年72歳)。

 今回の来訪は、小学校教員を務める鷹巣さんが04年、勤務先の学校図書室で依田勉三と晩成社に関する伝記を手にしたのがきっかけ。文中に曾祖父の名を見つけ、初めて晩成社移民としての姿を知った。

 十勝毎日新聞社に問い合わせ、資料を手に入れるなど調べ始め、「晩成社がなぜ十勝で開拓を続け、利八はどんな思いで生きたのか」を知るため、父飯塚敏郎さん(77)と2人で訪れた。

 初日の夜は、西士狩の開拓史編さんに携わった農業舟渡博美さん(72)らと食事をしながら交流。文献などを手に、利八に関する知識を深めた。

 22日には、舟渡さんらの案内で西士狩開拓百年記念碑など数カ所の史跡を巡った。

 鷹巣さんは「祖母カウはなんでも工夫して合理的に生きた人だった。明治時代の十勝で生きるためには必要だった知恵や労力を受け継いだのだろう」と振り返り、「入植者が開いた土地を受け継いでいる方々にも敬意を感じる。教え子たちにも、明治に生きた開拓移民の人生を伝えていきたい」と話していた。

 鷹巣さんらは帯広市内や町内の関係資料などを調べ、24日に十勝をたつ予定。