高校生ものづくりコンテスト 帯工生2人が最優秀 細川君、久保田君「全国で優秀を」
 |
|
 |
| <「自動車はすべて好きで、勉強も苦にならない」と話す細川君>
|
|
<担当教諭からも「本番に強いタイプ」と絶賛された久保田君>
|
| [
2003年6月26日の記事
]
「第3回高校生ものづくりコンテスト北海道大会」で、帯広工業高校電子機械科3年の細川一幸君(17)が自動車整備部門で、久保田大介君(17)が電子回路組立部門で、それぞれ最優秀に輝き、8月に東京で開かれる全国大会への出場権を得た。同校から2部門全国出場するのは初。クラスメートでもある2人は「全国で優秀を目指したい」と意気込んでいる。(佐藤いづみ)
同大会は道工業高校学校長会など主催、文部科学省など後援。高校生のものづくりへの関心を高めてもらおうと3年前から開催。機械や電気、化学など7部門があり、うち建設系2部門を除く5部門が20−25日にかけ、苫小牧や北見、札幌を会場に行われた。
自動車整備は3人が出場。エンジン測定作業など4課題を各35分以内で臨む。電子回路組立は7人が出場、2時間半以内に発信回路を設計し組み立てる。いずれも採点基準は早さだけでなく、正確さや作業工程など総合的に判断される。
細川君は自動車整備を専門に学んでいる生徒を押しのけての勝利。エンジン部品を100分1ミリ単位で測定する力などが求められた。「専門の科でないので高校にない器具も多く、富田(豊治)先生が手作りしてくれた」と喜ぶ。放課後はもちろん、昼休み、土日を返上して練習に励んだという。
校内選考を勝ち抜いて同大会に出場した久保田君は、本番で制限の40分前には課題を完成させた。ただ、表彰で自分の名が呼ばれるまで緊張したという。「1つ大きなミスをした。全国ではミスをしないよう気を引き締めます」と話す。
全国大会は8月10、11日に東京都内で開かれる。なお、同校では電気工事部門で電気科3年の戸田一歩君が3位に入賞した。
|
|
|
NY市立図書館に収蔵 古き良き時代 リトグラフで 米国在住で夫が帯広出身 板東里佳さん制作の7点
[
2003年6月25日の記事
]
ニューヨーク在住で帯広出身の夫を持つ版画家、板東里佳さん(41)の作品が、このほどニューヨーク市立図書館に収蔵された。同図書館は伝統的に優れた芸術作品をコレクションしていることで知られ、板東さんは「リトグラフのような修業の必要な作業を、芸術として認めてくれる学芸委員がまだいてくれたことに感激した」と喜んでいる。(成田融)
板東さんは1961年、東京都出身。帯広出身の彫刻家、板東優さんの妻で、ともに84年からニューヨーク在住。彫刻を制作していたが、1990年からはリトグラフに専念している。
リトグラフは元来、石灰石などの石に絵柄を刻み込んで制作するが、最近では手軽にできるジンク板を使う芸術家がほとんど。しかし、里佳さんはあくまで石を使う伝統的な手法にこだわっている。
収蔵された作品はメイソンジャーのシリーズ7点。メイソンジャーは缶詰が一般に普及される以前、アメリカの開拓時代には食べ物を保存するためのガラス容器。
その容器とともに背景にはブルックリンの時計台など、ニューヨークの昔の風景が描かれ、世界中から若い芸術家が移住してきた古き良き時代のニューヨークをほうふつさせる作品だ。
|
板東さんは「作品中に描かれたブルックリンはかつて芸術家が多く住む地区となり、その時代性が収蔵に選ばれた理由の1つだと思う」とし「最近ではこの地区は建築ブームで、若いアーティストがアトリエを構えることができなくなった。作品中の風景はもうなく、過去の風景となってしまったことを実感している」と話している。
板東さんのホームページアドレスはhttp://home.earthlink.net/~mrbando/index.html
インターネットナンバーは21214207
|
|
|
|
お気に入りの1冊探す 図書館と市民文庫連絡協
[
2003年6月25日の記事
]
市民文庫マスター連絡協議会(池沢紀夫会長)と帯広市図書館(倉口俊男館長)共催の「図書交換会」がこのほど、市図書館前庭で開かれた。大勢の市民らが詰めかけ、不用になった本を交換した。
市民文庫マスターは、市の依頼で、地域の人々に市の図書を貸し出す“本の専門家”。市図書館職員と、来場者の要望に合うよう、本についてアドバイスをしていた。
この日は、持ち寄った1冊に対し1冊がもらえる同数交換。主催者によると、文庫本や児童書、漫画など約3000冊が集まったという。読書愛好家らは、お気に入りの1冊を熱心に探していた。
帯広市内の主婦寺沢文子さん(49)は、娘のりえさん(11)=柏小6年=と交換会に。「児童書9冊、単行本3冊、文庫本2冊を持ち寄りました。この子の成長に応じて、本を交換できるので助かる」と話していた。(金澤匠)
|
|
|
|
こっち向いててね! おびひろ動物園「絵画教室」 子供ら熱心にスケッチ
[
2003年6月22日の記事
]
おびひろ動物園(帯広市緑ケ丘2、冨岡浩二園長)主催による今年度最初の動物園講座「絵画教室」が、21日午後1時から同園で開かれた。
市内の小学1−6年生の児童29人が参加。講師は、平原社美術協会(滝川秀敏会長)の会員8人。初めに冨岡園長があいさつ。次いで、同協会の宮沢克忠前会長が絵を描く際のポイントについて、「動物をよく観察し、画用紙いっぱい大きく描いてください」などと説明した。
参加者は早速お目当ての動物の前に座り込み、会員の指導を受けながらスケッチ、絵の具で色をつけていた。初参加でクジャクを描いた大空小の橋本百恵(もえ)さんは「絵をかくのは好き。プロの人に教えてもらえるのはうれしい」と笑顔だった。
同講座は動物園をフィールドに楽しく生涯学習に取り組んでもらおうと昨年度から立ち上げた。次回の講座は開園40周年を記念し、7月12日に自然のものを道具にアートの世界を学ぶ「自然アート教室」、同13日に園内を題材に作る「俳句をつくろう」を開く。
問い合わせは動物園(24-2437)へ。(佐藤いづみ)
|
|
|
|
青空の下1276人快走 十勝健康マラソン
[
2003年6月22日の記事
]
日専連おびひろ2003第25回十勝健康マラソン(日専連おびひろ、十勝毎日新聞社主催、十勝陸上競技協会主管)が22日、帯広の森陸上競技場を発着点に行われた。チビっ子からお年寄りまで1276人のランナーは真っ青に晴れわたった空の下、さわやかな表情で十勝の大地を疾走した。
午前8時半から開会式が行われ、大会長の根岸豊日専連おびひろ社長が「第25回の節目の大会に多くの人に参加してもらい、うれしい。楽しく走ってください」とあいさつ。名誉大会長の砂川敏文帯広市長も「練習の成果を大いに発揮してほしい」と激励した。70歳以上の参加者23人に対する特別表彰などが行われた後、全出場者を代表しファミリーの部などに参加した士幌町の宇佐美豊文さん(34)、真紀さん(33)、龍也君(11)、裕太君(9)、隼人君(8)、鈴音ちゃん(4)一家が選手宣誓した。
競技は1、3、5、10キロやハーフマラソンが行われ、参加者はそれぞれの目標を目指し力走した。(丸山一樹)
|
|
|
|
寄せ植えの美しさ競う ふるさと花コンクール 南公園で開幕
[
2003年6月21日の記事
]
寄せ植えの美しさを競う「ふるさと花コンクール2003」(実行委員会、帯広市、十勝毎日新聞社主催)が21日、市内のとかちプラザ・南公園で開幕した。会場を訪れた大勢のガーデニングファンは、工夫を凝らしたハンギングバスケットやコンテナガーデンの美しさに見入っていた。29日まで。
会場には一般から募ったハンギングバスケット、コンテナガーデン90作品のほか、オープン参加(審査対象外)の作品23点を展示。独創的な作品が並んでいる。
また音更高校、士幌高校、更別高校、農業高校のコーナーでは、生徒や教職員が自由な発想でデザインした花の装飾を展示。豪華な花の競演を演出している。
このほか、実行委員と市民が共同で制作した「とかちの花かご」などもアクセントとして加わり、単に花を育てるだけではなく、より美しく、より楽しめるガーデニングライフを提案している。
22日午後1時から、レインボーホールで講演会や花トーク、同公園の会場ではティーパーティーやジャズコンサートなども開かれる。(成田融)
|
|
|
|
パソコンで人生に新しい世界 さまざまな苦難乗り越え、病で倒れ… 市内の梅澤祐子さん とかちシニアネットが在宅支援
[
2003年6月20日の記事
]
3年前、脳こうそくで倒れ、身体障害者になった梅澤祐子さん(75)=帯広市在住=が、パソコンを習い始め、生き生きと輝いている。かつて、「戦後開拓北海道大阪集団」の一員として大阪から北海道に渡り、さまざまな苦難を乗り越えてきた梅澤さんは、「病に倒れ、何もかも失ってしまったが、パソコンを使い新しい世界が広がった」と話している。(酒井花)
大阪出身の梅澤さんは、大阪大空襲(1945年)の生き証人でもある。当時、18歳だった梅澤さんは空襲で失意の両親や弟の先頭に立ち、家族を養っていくことを決意。たまたま見た、「北海道開拓団募集」の垂れ幕にひかれ、家族と共に網走管内斜里町へ降り立った。大阪から入植したのは梅澤さんをはじめ、43世帯230人。
その後、本格的な営農を断念し、女満別診療所の看護婦見習いを経て、音更の国立十勝療養所へ家族と勤務。そのころ、20歳だった梅澤さんは予想外の事件に遭遇し、未婚の母に。子供は梅澤さんの父が病死した日に、偶然にも生まれた。乳飲み子を育てながら帯広で働いたが、生活苦から泣く泣く養子に出したつらい経験を持つ。
結局、十勝での生活はわずかで、故郷に近い和歌山県に落ち着くことになった。女一人で自立するためにも看護婦の道を選び、県立医科大から県衛生部に移り、定年まで奉職した。
「一番苦しみを味わった土地」(梅澤さん)、北海道に再び渡ることを決めたのは、養子に出した帯広に住む子供からの誘い。「この世に1人しかいない子の下に行こう」と97年、帯広に転居した。退職後に身に付けた友禅(織物の色染め技術)と短歌の教室を新居で開くなど、充実した第二の人生を送っていたが、突然の事故と病が梅澤さんを襲った。冬場の凍った路面で滑って骨折、そして脳こうそくで倒れ、右半身にまひが残った。
和歌山から連れてきた愛犬も亡くなり、喪失感に打ちひしがれていた梅澤さんを救ったのはパソコンだった。自宅で何とか習えないかと、道庁に問い合わせ、帯広に拠点を置く中高年のパソコン交流団体「とかちシニアネット」(高橋克司会長)を紹介された。同会でも初めてとなるパソコンの在宅支援を昨年から受けている。
今では、三重県に住む弟の孝夫さん(70)とメールをやりとりしたり、はがきも作製。マウスを使うことで手のリハビリになり、すっかりパソコンに“はまっている”。「半世紀の歳月を経てさまざまな思いのある帯広に戻った。この場所で心を癒やし、新しい友人をつくっていきたい」と語っている。
|
|
|
|