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帯広市とは・・?
十勝年鑑2005(本社刊行)より
人口 172,054人
   (男82,896人 女89,158人)
市長 砂川 敏文

◎主な動き
 市町村合併は、3市町村(帯広、芽室、中札内)の枠組み協議が芽室町の離脱で解消。4月に、中札内との2市村による法定協議会を立ち上げ、議会、住民代表などをメンバーに合併論議を進めた。議会は9月下旬、合併方式は「編入合併」、合併期日は「17年11月1日」などとする各協定項目を固めて終了した
 市立病院が3月末で廃院し78年の歴史に幕を閉じた。同病院跡地では民間が事業主体となり、複数の在宅介護サービスを提供する「小規模多機能ケア施設」(診療所併設)が着工。17年の本格開業を予定している。
 砂川市長の重要公約の北海道屋内スピードスケート場は、道の財政難を理由に道立施設誘致から独自建設に方針転換。並行してスピードスケート競技の「メッカ」を目指し、国際級の選手を強化する「ナショナルトレーニングセンター」、青少年スポーツの全国大会開催場を固定化する「スポーツ拠点づくり」の指定に向けて調査活動を本格化させた。
 厳しい財政難を背景に、第2次行財政改革がスタート。公共施設の運営を民間に委ねる「指定管理者制度」を導入したほか、各種事務事業の見直し(廃止・縮小)を行った。今後は施設の使用料、各種手数料も改定する予定で、市議会で論議を呼んでいる。帯広の森市民植樹祭が今年で終了。最後の植樹祭(5月)には恒例行事の幕を惜しむ4,500人の市民が参加した。WRC(世界ラリー選手権)が9月、帯広を主会場に開催。大勢の観客、報道陣、モータースポーツ関係者が集結、国内外に「帯広・十勝」の名を情報発信した。
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帯広めーるは毎週月曜日に更新です。
次回第138回掲載は4月18日です。お楽しみに!

春全開 グラウンドに快音 最高気温、初の10度超え

[ 2005年4月4日の記事 ]

 帯広市内は3日、最高気温が平年より2.2度高い10.3度を記録、同市では今年初めて10度を超える暖かい1日となった。本州から高気圧が接近している影響で、広尾町でも9.1度、浦幌町で8.3度を観測した。
 帯広測候所によると、4日も十勝地方は気温が上昇し、帯広市は正午現在で7.7度となっている。この暖かさの中、グラウンドの使用も本格化し、帯広南商業高校ではソフトボール部員らが青空の下、土の感触を確認しながら、白球を追いかける姿が見られた。
 一時的な降雨はあるものの、穏やかな天気は10日ごろまで続く見込み。(北雅貴)
帯広市の花知ってる? クロユリです 1966年公募で選定 開拓前に群生 寒帯特有の珍花 「四季折々で複数選出」の声も

[ 2005年4月4日の記事 ]

 「帯広市の花は何ですか?」−。観光シーズンを控え、市内の経済人から市の花・クロユリについて「知名度が低い」との指摘が出ている。これまで咲いている姿を見ることはほとんどなく、市民の認知度もいまひとつだけに、ちょっとした議論になっている。(酒井花)

 2月に開かれた帯広商工会議所の観光文化部会で、日本旅行帯広支店の樋笠一馬支店長が花観光の重要性を強調、「帯広市の花はクロユリというが、これまで見たことがない。もっと力を入れて観光と結びつけてはどうか」と発言したのがきっかけ。
 同部会に同席していた紫竹ガーデン(市内美栄町)の紫竹昭葉社長は「市の花に選定された当時や、開拓前は湿地帯で群生していたことを考えれば市の花でもおかしくはない」とした上で、「咲く期間は短く、だれもが植えたいと気軽に思える花ではない」とした。
 紫竹社長によると、クロユリが花を咲かせるのは4−5月の1週間。自生する場所も限られている。紫竹社長は「市の花を1つにするのではなく、親しみやすく、手を掛けなくても自然繁殖するような季節に応じた花を複数選び、地域全体で育てることはできないか」と提案する。
 クロユリは1966年、帯広観光協会(現帯広観光コンベンション協会)の事業として市民公募で決定した。寒帯特有の珍花で、「恋の花」として歌われたことも選定の理由。同協会は市の木・シラカバ、鳥・ヒバリとともに写真入りの名刺を作ってPRしている。2003年まで毎年春に球根を無料配布していたが、球根をボランティアで提供していた市内の農業者が亡くなったため、現在はしていない。
 経済界から見直しを含めた意見が出ていることについて、市商工観光部観光課は「市民が関心を持つことはいいこと」と静観している。

 <クロユリ>ユリ科バイモ属。北海道と本州中部以北に分布し、低地から亜高山の湿った草地などに生える。高さ10−40センチの茎の頂上に長さ約3センチの黒褐色の花をつける。
最新の住設機器並ぶ とかちプラザ リフォームフェア開幕

[ 2005年4月2日の記事 ]

 第5回リフォームフェアが2日、とかちプラザ1階(帯広市西4南13)で始まった。会場内には、一流メーカー20社の住設機器が勢ぞろい。来場者は最新設備や実際の施工事例に見入っていた。3日まで。入場無料。
 十勝住宅リフォーム協議会と十勝毎日新聞社の主催。展示コーナーには、キッチンや屋根工事、玄関ドアといった各社いち押しの目玉商品が、今回限りの価格でずらりと並んだ。午前10時の開場から、住宅改築を考えている夫婦らが訪れ、各社員の熱心な説明を聞いていた。
 娘の恒岡広子さん(35)、孫の大翔ちゃん(1)と一緒に訪れた市内の元山正子さん(63)は「近いうちにキッチンのリフォームを考えているので、とても参考になりました」と話していた。
 このほか場内では、掘り出し物満載のオークションや、FM−JAGAのDJによるトークライブも展開された。最終日の3日は、午前10時から午後4時まで。(植木康則)
久々のトラック 感触確かめ汗 帯広の森陸上競技場オープン

[ 2005年4月2日の記事 ]

 帯広の森陸上競技場(芽室町北伏古東7線)が2日午前、オープンした。この日を待ち望んでいたアスリートたちは青空の下、久々にトラックの感触を味わっていた。屋外競技も、いよいよ本格的なシーズンを迎える。
 当初は3日のオープンを予定していたが、雪解けが進み1日繰り上げられた。帯広市の屋外施設としては、トップを切って開放された。
 午前9時の開場時は3.5度(帯広市内)とやや肌寒い天候となったが、管外の旭川西高の選手を含め、小・中・高校生ら約200人が詰め掛け同競技場は活気にあふれた。気温も徐々に上がり正午現在には平年よりやや高い7.7度(同)とまずまずのコンディション。
 少年団の十勝陸上クラブ(柳橋敏雄代表)の子供たち46人は額に汗をにじませながらはつらつとした表情で駆け回っていた。佐藤健太君(緑南中2年)は「久々のトラックは気持ちいい。今年も目いっぱい練習したい」と話していた。(丸山一樹)
“空と教育”の夢に羽ばたく 航大帯広分校の堀越さん 初の女性教官着任 「初心忘れずに」と意欲

[ 2005年4月1日の記事 ]

 独立行政法人・航空大学校帯広分校(市内泉町、斎藤一夫分校長)にこのほど、帯広分校としては初の女性操縦教官となる堀越深雪さん(31)=群馬県高崎市出身=が着任した。「初心を忘れることなく、ベテラン教官と学生の橋渡し役を務めていきたい」と意欲を燃やす。(広田実)

 空に対するあこがれ、教育に携わりたい夢を両立する進路としてこの道を選択。獨協大外国語学部英語学科を卒業後、航大に入り2年余りの課程を修了し、1998年に奉職した。同級生や教え子にはエアラインの女性パイロットもいる。宮城県の本校、仙台分校勤務を経て3月1日付で帯広分校へ異動した。
 帯広は自身も航大生として初めて単独飛行を経験した思い出の地。「飛びたくて来たはずなのに胃が痛かった」と当時を振り返りながら「学生の不安解消を通して心身の健康づくりを支援したい」との思いを強くする。
 6カ月ごとに新たな学生数人を担当し、航空機の構造や航法に関する講義、フライトトレーニングを通してエアラインパイロット養成という重責を担う。同僚の13人の男性教官には顔なじみが多く、気負いはない。
 斎藤分校長は「女性ならではの優しさで学生と接し、効果的な教育につなげてほしい」と期待している。
市内農家に民泊し農業体験 15の春…父が愛した山の麓で 普賢岳で殉職カメラマン矢内さん 娘の美春さん 「将来への目標見つけたい」
民泊している家のサイロの前に立つ美春さん(中央)と伊藤さん夫妻
十勝の探検ツアーに参加した
在りし日の矢内万喜男さん
(1988年、原尾進さん提供)
[ 2005年4月1日の記事 ]

 あの天災から14年−。1991年6月の長崎県・雲仙普賢岳の火砕流で殉職した元NHKカメラマン矢内万喜男さんの一人娘、美春さん(15)=東京在住=が3月28日から、帯広市内の農家に単身で民泊している。矢内さんが亡くなる前に勤務した帯広は、夫人の真由美さんと出会い、多くの登山仲間と交流を深めた場所。「物をつくる仕事に触れたかった」という美春さんは、父が生前よく撮影した日高山系の麓(ふもと)で、農業と向き合っている。(酒井花)

 雲仙普賢岳の大火砕流は、報道関係者、地元消防団員ら43人の命を奪った。矢内さんはNHK入局後、84年から88年まで帯広放送局に勤務し、その後、東京の報道局ニュースセンター転勤後に事故に遭った。災害現場を第一線で伝えようと、危険を承知で踏み込み、1本のビデオテープを残して31歳の若さで亡くなった。
 矢内さんと帯広とのつながりは深い。勤務時代には大雪、日高、知床など数多くの山に登り、学生時代を含め約8000枚の写真を残した。死後、帯広時代の友人が中心となり写真集を出版、展覧会も開催している。
 帯広シティーケーブル(OCTV)のアナウンサーだった妻の真由美さん(浦幌出身)は、事故当時、1歳だった美春さんを働きながら育てた。現在はNHKのプロデューサーとして教育テレビ「きょうの料理」(毎週月−木曜日、午後9時)を担当。今回、高校進学前に「農業体験したい」という美春さんの希望に応え、アナウンサー時代に親交のあった帯広市富士町の畑作農家、伊藤篤二さん(69)、宏子さん(66)夫妻に頼んだ。
 市街から車で40分ほどの富士町は広大な畑作地帯にある。美春さんは古いタイプのサイロが残る伊藤さん夫妻の住宅で毎朝午前5時に起き、近所の酪農家で乳搾りを体験。宏子さんから得意の黒豆やナガイモ料理を教わったり、登山が趣味の篤二さんから山の魅力を聞いている。
 美春さんは6歳のころ母の真由美さんから父の死について、詳しく教えてもらった。今、目の前に父が愛した日高山系の十勝幌尻岳がそびえ立つ。15歳の春を北海道で迎え、「興味を持ったことを応援してくれた母に感謝している。今は好きなことをたくさん見つけ、将来何になりたいか、迷わないようにしたい。北海道の経験は絶対無駄にしない」ときっぱり語った。
仲良く遊ぼうね 市内保育所で入所式

[ 2005年4月1日の記事 ]

 帯広市内の認可保育所で1日、入所式が一斉に開かれた。2006年度から柏林台西町5に移転改築し、現在の保育所で最後の入所式となるすずらん保育所(柏林台中町1)も同日午前9時半、新入所児26人を迎えた。
 桜井きみ子所長が「たくさんのお友達、待ってました。毎日元気に来てください」とあいさつすると、新入所児は「はい」と元気いっぱいに返事をした。続いて5歳児29人が「これから仲良く楽しく遊ぼうね」と声を掛け、在所児全員で歓迎の歌を歌った。
 市によると、新たな入所児は568人。公立14、夜間1、私立11の市内全26保育所、園で行われた。(寺田祐子)
 
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