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| 2009年12月17日の記事 |
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| あうるずの若者5人 「ひよこデザインプロジェクト」活躍 |
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NPO法人コミュニティ・シンクタンクあうるず(帯広市、梅津一孝代表理事)が採用した、デザイナー志望の若者5人による「あうるずひよこデザインプロジェクト」が活躍の幅を広げている。今夏の発足以降、広小路商店街のイベントに協力、満寿屋商店(帯広市)が来年発売する十勝産小麦100%のラスクの商品企画にも関わっている。鹿児島の企業から化粧品デザインの作成も依頼された。メンバーは「デザインの仕事を通じて十勝に貢献したい」と話している。
「仕事通じ十勝に恩返し」
デザインを通じて地域のモノとモノとを結ぶコーディネーターの機能を目指し、人材育成を進めるプロジェクト。地場産品や新商品などあらゆるものをデザインし、付加価値を付ける取り組みを展開している。国の「ふるさと雇用再生特別交付金」を活用し、8月に発足した。
メンバーは札幌市の専門学校を卒業した市來邦之さん(21)=札幌出身=、森唱大さん(21)=同=、菊池尚美さん(21)=帯広市出身=、東海大でデザインを学んだ野口悠太さん(24)=神奈川県出身=、帯広北高を卒業した宗岡未来さん(20)=幕別町出身=の5人。
市内広小路で開かれた「じゃがいもカフェ」(10月)のメニュー表のデザイン、満寿屋が開発を進める十勝産小麦100%のパンを使ったラスクのデザイン、コンセプトを担当。東京で開かれた「エコプロダクツ2009」への出展を契機に、鹿児島の企業が手掛ける化粧品のデザインも依頼された。
十勝で食育、観光、農業に携わる有識者にインタビューする企画にも取り組んでおり、今後、ウエブで紹介することにしている。
最年長の野口さんは「いろんな人と出会い仕事を通して知識や経験が増えた。勉強するばかりではなく、将来は十勝に恩返しできるようになりたい」と抱負を語る。
あうるずの菊池貞雄専務理事は「プロジェクトを通じスキルを身につけた人材を育成したい。『地域コーディネーター養成講座』のような役割を果たすことができれば」と話している。(犬飼裕一) |
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| 2009年12月16日の記事 |
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| わらべ姿で昔話を熱演 演じ方こども教室の発表会 |
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子供たちに舞台芸術を指導する「十勝昔話演じ方こども教室発表会」(NPOほうき座など主催)の発表会が、このほど帯広市図書館で開かれ、子供たちが伸び伸びとした芝居を披露した。
文化庁の「伝承文化こども教室」事業の一環。ほうき座(佐藤秀麿理事長)の岡田哲男さん、佐々木妙子さん、村上美智子さん、田中惠子さんが、7月から管内の小学生18人を指導してきた。
この日は午前、午後の2回公演。演目は芝居「まねっこ」、朗読劇「屁(へ)っこき嫁」、芝居「ちょうふく山のやまんば」。
子供たちは着物にぞうりと言ったわらべ姿で登場し、難しい昔の言葉のせりふで物語を展開。その熱演ぶりに見守った保護者たちから温かい拍手が送られた。(成田融) |
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| 2009年12月15日の記事 |
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| 「馬鹿(うまか)もん」に手応え ご当地グルメデビューへ 市内で試食会 |
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十勝の新ご当地グルメとして来年4月デビューに向けて企画が進行中の「馬鹿(うまか)もん」の試食会が14日、帯広市内のイタリアンレストラン「タベルナ・センナリ」で開かれた。竹林孝十勝支庁長、上野敏郎帯広市議会議長をはじめ、自治体、旅行雑誌、帯広青年会議所関係者ら約20人が参加し、馬・シカ肉の深い味わいを楽しんだ。
「馬鹿もん」は馬肉とシカ肉、道産食材を使った料理の総称とし、和洋中を問わずさまざまな料理を認定、参加店を増やしていく予定。考案者で「観光カリスマ」の坂本和昭さん(坂本商事社長)を中心に来年4月1日デビューに向け準備が進められている。
今回試食したのは足寄産の馬肉と鹿追産のシカ肉のミンチを使いドライカレー風に仕上げた「馬鹿ライス」、同ミンチを使ったパスタ「馬鹿ミートソース」、ハンバーグをご飯に乗せた「馬鹿バーグ丼」、馬・シカ肉が交互に重ねられた「馬鹿カツレツ〜ミルフィーユ仕立て」の4品。
坂本さんは「試食会で好評をもらい、手応えを感じている」と話していた。(大谷健人) |
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| 2009年12月15日の記事 |
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| 幸福駅活用で多様なアイデア 展示列車でカフェや歴史博物館… |
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帯広市から幸福駅利活用計画への提言を委託されている高野ランドスケーププランニング(音更、高野文彰社長)は14日、市内の幸福農業センターで、地元住民と初の意見交換会を開催した。同社は現時点における、ソフト展開、ハード整備、基盤整備の3つの視点での構想の概略を提示。展示列車でのカフェや幸福歴史ミュージアムの展開、幸福をテーマにした庭園整備、「幸福の森」づくり計画、産直市場、十勝観光の案内所など多種多様なアイデアが示された。地元意見を踏まえ、来年2月までに基本構想案をまとめる。
市から提言委託高野ランドスケープ 地元と初の意見交換
同社のほか、幸福再開発協議会、幸福町内会、売店業者、市職員、観光、デザイン、建築の各関係者ら18人が参加。同社は10月下旬の有識者懇話会での意見を踏まえたアイデアを提示した。
ソフト展開では、幸福オリジナルグッズアイデアの募集、「幸福駅を愛する会」のネットワークづくり、駅舎の名刺を基にした便りの郵送(維持管理費の基金呼び掛け)、地元や福祉施設との連携などを例示。「幸福の森づくり」計画では、開拓期の原始林に思いをはせて植樹を行い、基金を原資にした新しい幸福の歴史づくりを提案した。
ハード整備では、展示列車のカフェや資料館としての活用、十勝千年の森や十勝ヒルズなど管内有名庭園と連携した幸福のガーデンづくり、観光案内所の設置、ガラス張りの箱のような軽食喫茶店の整備など。基盤整備では緑化や修景、導線の整理、標識や施設の整理を挙げた。
駅舎建て替え、管理運営の体制づくり、愛国駅との連携、地元負担の軽減などが検討課題とした。
地元住民からは「建物は一度建てたら維持するのが大変」「幸福駅はほとんどが民地で駅舎も町内会のもの。いろいろな問題がある」との意見が出された。観光関係者は「御神木を『開運神社』と見立て、さい銭やおみくじをしてもらい(収益を)維持費に充てては」と提案した。
高野社長は「誰がやり、管理するのかは今後の課題。地元の意見を聞き次の道筋が少し見えた」と話していた。(中津川甫) |
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| 2009年12月14日の記事 |
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| 車いす用スロープなど完成 帯廣神社で100周年事業竣工祭 |
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来年鎮座100周年を迎える帯廣神社(東3南2、大野清徳宮司)は14日午前10時から、記念事業一部付帯工事(車いす用スロープ、車両搬入口、手水舎かさ上げ)の竣工(しゅんこう)祭を執り行った。
スロープ(全長12メートル、幅1.2メートル)は車いすを使って参拝する人の便宜を図るため神門横に設置した。車両搬入口(同7.2メートル、同3.5メートル)は社殿などがある神門内庭西側に整備。除雪、工事作業車が入れるようにした。参道途中にある手水舎は上屋を30センチかさ上げ。身長の高い参拝者も利用しやすくした。
竣工祭には御鎮座百周年記念事業実行委員会の高田浩委員長と工事に携わった宮坂建設工業、日本建築工藝・神田共同企業体の関係者が参列。大野宮司による祝詞奏上後、神職が完成した3カ所を巡り、はらい清めた。最後に大野宮司が「すべての工事が安全に終了でき感謝します。多くの参拝者の方々がすがすがしくお参りできるようになりました」とあいさつした。(関根弘貴)
(WEB TOKACHI、かちモバに動画) |
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| 2009年12月13日の記事 |
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| 生産者がつくる愛食料理コンテスト 優秀賞 加藤さん、せわやき玉子に |
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| 今年度の「生産者がつくる愛食料理コンテスト」(道、北のめぐみ愛食運動道民会議主催)が11日、札幌市北区の札幌市男女共同参画センターで開かれ、鹿追町の農業加藤栄子さん(64)と、士幌町で特産品開発に取り組むサークル「せわやき玉子」(山岸厚子代表)の作品が優秀賞に選ばれた。 |
農業者や農業者グループが生産した農産物、地域の特色ある食材を活用した料理を募集、生産者の創作意欲を高め、起業促進を図るのが目的。今年で3回目。道内から応募のあった34点のうち12点が1次審査を通過、同日の実演審査で最優秀賞1点、優秀賞3点などを選んだ。
加藤さんの作品は「大豆入りキャベツロールライス」。「キャベツやタマネギなど自分で生産した安心・安全な食材を使った。家族にも喜んで食べてもらえると思う」と笑顔で話していた。
同サークルは「十勝カマスの長いもドレッシングかけ」を考案。メンバーの伊藤正子さん(60)は「地場産の豆をたくさん入れて作った。思いがけない受賞」と喜んだ。
管内からは、鹿追町の河野紀子さんが「ごぼう&チーズパン」で、「本別発・豆ではりきる母さんの会」の河野峯子さんが「豆腐寒天」で参加。最優秀賞にはJAオロロン女性部羽幌支部の「ご飯だんごのシューマイ風あんかけ」が選ばれた。(山下聡実) |
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| 2009年12月11日の記事 |
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| 戦後開拓の苦楽一冊に 伊沢さん、自費出版 |
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帯広市拓成町の伊沢佐恵子さん(72)が、戦後開拓で東京から十勝に移住した半生を振り返った本「白樺の向こう側 戦後入植の記」を自費出版した。中学卒業時から日々の作業をつづってきた営農日誌を基に、入植からの苦楽を10年近くかけてまとめた1冊。伊沢さんは「多くのかっとうとともに両親と歩んだ過酷な開拓の歴史を書き留めたかった。多くの人の協力でようやく実現できた」と話している。
東京から移住…半生振り返る
伊沢さんは1937年に東京都で4人姉弟の3女として生まれ、10歳の時に戦後開拓で現在地に移住した。当時は欠食児童が続出した戦後の混乱期で、伊沢さんは食料生産基盤に恵まれた北海道への移住を同級生らにうらやまれたという。実際は、現実の入植の労苦は想像をはるかに超えるものだった。
表題は、当時の国語の教材の挿絵に使われ、見知らぬ北の大地へのせんぼうの象徴として印象に残った白樺と、渡道して初めて分かった数々の労苦から「白樺の向こう側」とした。
内容は、背丈よりも高いクマザサがうっそうと茂る原生林を切り開いた開墾期に始まり、初めて2頭の農耕馬が来た中学時代、1951年の冷害、集落全体が畑作から酪農に転換した55年ごろの様子、平成に入って飼養牛が全道の共進会に出場した時の思い出などを全32章で構成。各時代背景と当時の伊沢さんや集落の生活の様子が事細かに描写されている。
「本当に苦労が多かったが、焼け野原になった姿を目の当たりにしてきたから東京に戻りたいとは思わなかった」と伊沢さん。自費出版で800部を作成。「当時、一緒に入植した人の多くももう亡くなっていたりするが、お世話になった方々に配りたい」と話している。(高田敦史) |
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