音更めーるは毎週金曜日に更新です。
次回第134回掲載は3月25日。お楽しみに!
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社会へ大きくはばたいて 帯大谷短大卒業式、212人が巣立つ
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2005年3月15日の記事
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帯広大谷短期大学(多田稔学長)の卒業証書授与式が15日午前10時から、同短大体育館で開かれ、212人が晴れやかな表情で式に臨んだ。
多田学長が卒業生代表の遠藤泰代さん(日本語日本文学科)、金澤さとみさん(生活科学科地域社会システム課程)、森井沙季さん(同栄養士課程)、大竹口絵美さん(社会福祉科社会福祉専攻)、幸村美奈さん(同介護福祉専攻)に卒業証書を授与した。
多田学長は「それぞれの道において腕と技を磨き積み重ねることで、人間的魅力と品位を身に付けてほしい」と式辞を述べ、学校法人帯広大谷学園の伊藤篤理事長が「命を軽んずる風潮の中で人や自然とのつながりを大切に感じて生きてほしい」とあいさつした。
卒業生ははかまやスーツ姿で出席、会場は華やかな雰囲気に包まれた。式後は記念撮影や謝恩会も行われ、友人や恩師らとの別れを惜しんでいた。(北雅貴)
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厳かに「四条公祭」 道日本料理研究会帯広調理師信友会 功労者26人の表彰も
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2005年3月15日の記事
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管内の日本料理の調理師で組織する道日本料理研究会帯広支部帯広調理師信友会(小林利春会長、会員103人)は13日午後5時半から、十勝川温泉笹井ホテルで料理の神を祭り、1年の発展を祈る「四条公祭」を開いた。
四条公祭は、日本料理の神とされる四条中納言の藤原政朝らを祭り、天地の恵みや包丁などに感謝する神事で、87回目となる今回は会員や飲食業者、来賓ら102人が参加。厳粛な雰囲気の中、包丁などが置かれた祭壇で帯廣神社の神主が祝詞を奏上した後、出席者が玉ぐしをささげた。
懇親会では、小林会長が「飲食業界も不況で苦しい状態が続いているが、十勝でしか食べられない料理の創造のため、意見交換会や研究会を行いたい」とあいさつ。功労者26人を代表し、横山勝博常任相談役(帯広)が小林会長から表彰状を手渡された。砂川敏文市長らが来賓の祝辞を述べた後、道全調理師会本部の矢野治夫理事長(帯広)が乾杯の発声を行い、参加者は和やかに歓談し、亀尾鮮魚店(音更)の亀尾輝社長の万歳で締めくくった。(北雅貴)
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アドニスA優勝 ライオンズ杯ミニバレー交流
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2005年3月12日の記事
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第3回ライオンズクラブ杯和気あいあいミニバレー交流会がこのほど、サンドームおとふけで開かれた。参加者は、はつらつとした表情でボールを追いかけた。
親ぼくと健康増進、ミニバレーの普及を図ろう−と、町ライオンズクラブ(川島建児会長)と町ミニバレー協会(横田裕美会長)が主催。60歳以上が1チーム4人で編成した16チーム約70人が参加し、11点2セット先取で戦った。
得点が決まると抱き合って喜んだり、相手チームの好プレーに「ナイス」と声を掛ける和やかさも。初参加の町ライオンズクラブチームも注目を浴び、主将の吉谷健一さん(65)は「雲泥の差を感じたが、声援を浴びて頑張れました」と笑顔だった。
熱戦の結果、アドニスAが優勝。準優勝はスワンC、3位はスワンAだった。町ミニバレー協会の横田会長は「仲間あってこそプレーができるという認識も生まれていてうれしい」と話していた。(本内のぞみ)
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関係者見守る中撤去 旧91部隊の給水塔 貴重な戦争遺跡、無念さ胸中に 町教委が記念碑建立へ
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2005年3月10日の記事
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町郷土史研究会(飛岡久会長)が保存活動を行っていた旧91部隊の給水塔(高架水槽)の取り壊し作業が9日始まった。「耐久性に問題があり、現状の姿での保存は困難」とされ、取り壊しが決まった。作業は今月中に終了し、町教委によって記念碑が建てられる。飛岡会長らは「残念だがやむを得ない」と話し、作業を見守っていた。(本内のぞみ)
給水塔は中鈴蘭の国立十勝療養所跡地北西部に位置し、旧陸軍が1943年に建設。コンクリート造りで、高さ18.6メートル、直径7.8メートル、容量約2000リットル。側面上部には45年7月の空襲で受けたロケット弾2発の痕跡が残る。戦後は敷地などが旧国立十勝療養所に転用され、給水塔も96年まで使われた。元軍医だった故船津忠一さんが銘盤付きで保存を進めた経過がある。
給水塔のある土地は現在、手稲ロータスが所有。独立行政法人国立病院機構(旧厚生労働省)が土地を売却した際、今年度中に建造物を撤去することが条件となっていたため、取り壊しは同機構が行っている。
同研究会は国や町に「現存する数少ない軍用建造物」として保存を願う要請書を出してきた。しかし一昨年、町文化財保護審議会が「コンクリートに鉄筋が入っておらず、劣化が相当に進んでいるため非常に危険。その他資料による保存が適当」と答申したのに基づき、取り壊しが決まった。
町教委は同研究会の要望に応え、部隊の入り口だった鈴蘭郵便局近くに記念碑を設置する。
7日には、事業を委託されている総合建設ネクサス(帯広市)の計らいで飛岡会長、坂本武三事務局長、郷土史トカプチ編集長の松本尚志さんが内部を見学。初めて弾痕の大きさが直径20センチであることや内部には3本のパイプがある構造などを確認した。
取り壊し作業は大型クレーンで行われ、見守っていた松本さんは「これだけ身近にある戦争の遺跡は十勝では珍しい。戦争を知らない世代に実物を見てもらうことが大切だった」と残念さをにじませていた。飛岡会長は「給水塔の記念誌を作って写真とともに町へ寄贈したい」と話していた。
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子育てセンターでまつり
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2005年3月9日の記事
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「柳町子育て支援センターまつり」が6日、柳町保育園と同園内の柳町子育て支援センターで開かれた。
同センターと子育てサークル連絡協議会の共催。会場には親子と祖父母が訪れ、3世代で楽しいひとときを過ごした。中でも、「サンバ倶楽部」(帯広)による音楽会では「マツケンサンバ」や「お魚天国」など軽快なリズムの曲で盛り上がり、参加者は豆を入れたペットボトルのマラカスなどを振って楽しんだ。
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ワークショップの様子を記録 音更中央通組合が発行
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2005年3月9日の記事
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音更中央通商店街協同組合(向平敏孝理事長)は、新たな活性化事業として昨年取り組んだ「商業にぎわい創設事業」の公式記録集を発行した。
同事業は商店街を舞台に各種アート・ワークショップを行い、地域交流の中から活性化の道を探ろうと企画した。道内外から9人の若手芸術家を招き、昨年5−9月に3期に分けて展開。牛乳パックを使ったあんどん作りや商店街からネタを集めての新聞製作など、子供たちや住民を巻き込んださまざまな取り組みが行われた。
記録集はこれらワークショップの様子を、各作家の意図や写真を交えて紹介。巻末では、この事業についての住民の感想を“まちの声”として掲載している。
A4判、20ページ。50部印刷し、同商店街の組合員ら関係者に配布した。向平理事長は「商業者として今後も地域の人たちと一緒に商店街づくりを考えていきたい」と話している。(金谷信)
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文房具集め寄贈へ スリランカの子供たち、元気になって 音更柳町小5年生が呼び掛け 自分たちにできることを
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2005年3月9日の記事
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柳町小学校(伊藤史朗校長、児童319人)の5年生がこのほど、スマトラ島沖地震で被災したスリランカの子供たちのため、募金活動とともに文房具を持ち寄った。集まった文房具には「立ち直って元気になってほしい」との思いが詰まっている。(本内のぞみ)
5年生は今年度、「国際交流」について総合的学習の時間で学んできた。昨年11月には国際協力機構(JICA)帯広国際センターの研修員を招き国際理解を深めた。その際、スリランカ出身の研修員と親ぼくを深めた縁から「自分たちにできることはないか」と今回の取り組みを決めた。
子供たちはパソコンで現地の被害を調査。調査結果を基にポスターを作り、低学年用には漢字を少なくして写真を張るなどの工夫をした。2月25日から3月4日までの1週間、ポスターを持って各クラスを回り、全校生徒に協力を呼び掛けた。
その結果、鉛筆やノートなど段ボール2個分の文房具が寄せられた。募金も1万6000円余りが集まり、子供たちは「食べ物や文房具を買うのに役立ててほしい」と願っている。
1組の杉山拓生君(11)は「努力は無駄じゃなかった」、2組学級委員長の成瀬更紗さん(11)は「誰かのために一生懸命になることは大切」と話していた。1組担任の福山智史教諭も「これからも世界や日常の出来事に関心を持ってもらえれば」と、子供たちの頑張りに目を細めていた。
今後、手紙を添えて「スリランカ留学生会」を通して現地の小学校へ届ける。
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