十勝毎日新聞に掲載された音更町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第199回 [ 2006/06/30 ] 毎週金曜日更新
十勝めーる >>> 音更めーる
音 更 町
町長 山口 武敏
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
人 口 43,075人
(男20,637人 女22,438人)
面 積 466.09平方キロメートル
花木鳥 スズラン・シラカバ
□主な動き
 任期満了に伴う町長選挙が3月29日告示され、現職の山口武敏氏が無投票で3選を果たした。山口町長は3期目のスタートに当たり、1.みんなの声が反映される町政、2.公平で公正な町政、3.人に温かく、たくましい町政−の3点を引き続き基本姿勢に挙げ、第4期総合計画(2001−10年度)を中心に、新たに始動した財政健全化5カ年計画(05−09年度)との整合性を図りながら“協働”のまちづくりを進めるとした。

 まちづくりの上では、“自治体の憲法”として全国的に関心が集まる「(仮称)自治基本条例」の制定作業に着手。7月、公募を含む委員15人で検討会議(津久井寛委員長)が立ち上がり、06年度導入方針を固めていた指定管理者制度については第1号の導入施設として町温水プールが決まり、9月定例町議会でそれに向けた条例の一部改正案が可決された。

 町の事業では福祉関係で新規の取り組みが目立ち、町内4公共施設での移動子育て支援センター事業や、保育園の延長保育などがスタートした。施設関連では希望が丘運動公園内で建設が進んでいた新・野球場が5月21日にオープン。10月29日には、音更川をまたぎ、木野と宝来両地区を結ぶ「宝来大橋」(延長307.7メートル)=道の街路整備事業=が供用を開始、町も記念事業を組み、地域とともに待望の開通を祝った。

 増加を続ける町の人口は9月末時点の集計で4万3,000人に到達。大型の宅地造成が一段落し、ペースは鈍化しているものの、現総合計画最終年度の目標人口である4万5,000人へ期待をつないだ。都市計画の関連では、06年3月の決定を目指し、十勝川温泉地区、開進地区、開進西地区の市街化区域編入についての町の作業が本格化。特に温泉地区の編入は長年の懸案で、定住人口の誘導による観光振興への期待が高まっている。

 このほか、4月には町内農場の死亡牛からBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認された。
関 連 リ ン ク
音更町役場ホームページ
音更町図書館
音更町文化センター
音更町総合体育館・音更町武道館
音更町温水プール
音更町十勝川温泉観光協会
2006年6月27日の記事
町営オサルシナイキャンプ場跡地 林間広場を一般開放
 町は2005年度で廃止した町営オサルシナイ林間キャンプ場の跡地について、今月から林間広場としての一般開放を始めた。バンガローは撤去したが、散策路やバーベキューハウスなどは引き続き使用でき、「森林浴など憩いの場として気軽に利用してほしい」(農政課)としている。(金谷信)

 旧キャンプ場(広場の面積約0.5ヘクタール)は1974、75年度の2カ年で造成。当初は町森林組合が中心となって運営、87年度からは町が管理運営を担った。社会教育を目的に町内の学校や子ども会などに利用され、森林地帯の中のキャンプ場として町外愛好者にも親しまれた。

 しかし、近年は道立十勝エコロジーパーク、旧上然別小学校校舎を活用した町集団研修施設など同種の施設が町内で充実し、利用者数も1993年度の約8000人をピークに年々減少(05年度は約1600人)。町はキャンプ場としての使用を取りやめる一方、廃止後は広場の草刈りなど最低限の維持管理を継続し、日帰り広場として一般開放は続ける意向を示していた。

 跡地では今年度から管理人を置かず、5棟あったバンガローも既に撤去されたが、広場のバーベキューハウス(70人収容)やトイレ、ウッドチップを敷いた周辺の散策路(約1メートル幅で延長約1キロ)などはそのまま使用可能。「森林浴にも十分活用できる空間」(農政課)としている。

 今季の一般開放は9月15日まで。団体利用の場合のみ事前に申し込みが必要。問い合わせは農政課林業係(0155・42・2111内線715)へ。
2006年6月26日の記事
音更高の小牧教諭 青年海外協力隊出発を報告
 国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊2006年度1次隊として中国に派遣される小牧陽二郎さん(37)=音更高校農業科教諭=が23日、町役場を訪れ、山口武敏町長に出発前の抱負などを述べた。

 小牧さんは中国湖南省の衡陽市第七中学校(中高一貫校)に日本語教師として配属。高等部生徒に対する授業ほか、同校に3人いる中国人日本語教師への指導などに当たる。派遣期間は08年3月までの1年9カ月。

 小牧さんはこの日、JICA帯広の職員とともに役場を訪問。「日本の高校生に世界を知ってもらいたい。そのために自分が役立てるならと志願した。生きた教材をしっかりと見てきたい」と述べ、山口町長から「元気で行ってきて」と激励を受けた。

 28日に音更を出発、29日に成田空港から中国へ向かう予定。配属先の衡陽市第七中学校には約2000人の生徒がおり、高等部では現在、約250人の生徒が第1外国語として日本語を学んでいるという。(金谷信)
2006年6月25日の記事
町文化センター 授乳室を常設
 町文化センター(多田俊二館長)はこのほど、大ホール1階ロビーの一角に授乳室を設けた。職員手作りのベビーベッドなどを置き、開館中は自由に利用できる。

 授乳室は物品保管用の1室のうち、畳2枚程度の広さをついたてなどで囲み、中にベビーベッドやソファ、小テーブルを置いた。3年前から希望者には臨時的に授乳スペースとして提供してきたが、今回は内部や表示も整え、常設コーナーとして位置付けた。

 同センターにはサークル活動などで幼児を連れて訪れる母親も多く、喜ばれそう。多田館長は「冬は暖房も入る。より安心して当館を利用してもらえるのでは」と話している。(金谷信)
2006年6月25日の記事
音更高農業科夏花に植え替え 足湯前広場
 音更高校(佐々木誠治校長、生徒543人)の農業科の生徒が24日、ボランティア活動の一環で町十勝川温泉の足湯前の広場に飾られている花々の植え替え作業を行った。

 地域貢献活動として同校では、温泉街を花で彩る「ハナックフェスティバル」(6月1日−8月31日、実行委員会主催)に用いる花の育成や飾り付けに協力。足湯広場にプランターやハンギングバスケットなどを出品し、イベントを盛り上げている。

 この日は、農業科の生徒7人が、春に設置したプランターの花々を夏花に交換する作業を行った。マリーゴールドやインパチェンスなど色とりどりの15種2000株を丁寧に植え込んだ。3年生の本多裕幸君(17)は「きれいな花が訪れた観光客の心を癒やし、温泉街にも活気が出てくれるとうれしい」と話していた。

 同校では、霜が降りる10月上旬ごろをめどに、夏花からハボタンに植え替える予定。(杉原尚勝)
2006年6月24日の記事
音更高初の快挙 危険物取扱者乙種全6類を取得
 国家試験の危険物取扱者試験で、音更高校(佐々木誠治校長、生徒543人)農業科3年の佐々木康秀君(18)が同校生徒では初めて乙種全類(6類)を取得した。日ごろ励ましを受け、受験にも一緒に臨んだ山口博文教諭(同科農場長)とともに念願の全類合格を果たした。佐々木君は「卒業後は資格を生かした仕事に就きたい」と意欲を新たにしている。(金谷信)

 佐々木君は音更中学校時代、担任教諭から資格取得の話を聞いて関心を持ち、「せっかく高校へ進むなら、いろいろな資格を取りたいと思っていた」という。危険物取扱者試験乙種には1年生で初挑戦。4類を皮切りに2年時には1、2、6類を取得、さらに3年になって今回、残る3、5類にも合格した。

 この間、普通科の化学の教諭らにさまざまな指導を受けながら勉強。特に今回の3、5類の試験に向けては、それまで共に受験を重ねてくれた山口教諭と午後7時、8時ごろまで学校に残り、「一緒に勉強を続けた」という。このほど行われた発表では師弟ともに両類に合格、乙種全類の資格をそろって手にした。

 佐々木君は昨年夏に造園技能士3級を取得。測量では今年、学校農業クラブの平板測量競技で2年連続の全国大会(10月・愛媛県)出場を目指して奮闘中など、「何事にも熱心な努力家」(山口教諭)という。

 今回の乙種全類取得について、佐々木君は「励ましてくれた先生たちや友人のおかげ。就職後は資格取得者としての社会的責任を果たしたい」ときっぱり。山口教諭も「努力すれば結果が付いてくる、という点で生徒たちのいい刺激になったと思う。この資格を生かし、将来は社会貢献してほしい」と期待している。
2006年6月23日の記事
母親交流会 和やかに「ベビースリング」理解
 とかち布おむつとスリング育児の会(山下奈穂代表)主催の「ベビースリング交流会」が、22日午後1時からプロスパ6(大通6)の3階で開かれた。音更をはじめ帯広や本別などから子育て中の母親が参加し、育児グッズとして日本でも愛用者が増えるベビースリング(抱っこ帯)の使い方などを学んだ。

 同会は布おむつやベビースリングに関心のある人たちの集まりで、音更町内の主婦有志が3月下旬に立ち上げた。対外的には今回の交流会が第1弾の活動となり、スリングの愛用者を中心に10人余りが参加した。

 代表の山下さんが講師を務め、スリングのタイプ(リングあり、リングなし)や特徴、基本的な使い方などを説明。「赤ちゃんの体の一番低い部分が、自分のおへそ辺りに来るよう装着すると楽」などとアドバイスしたほか、リングなしスリングの手作りの方法も“伝授”した。

 参加者は山下さんを囲み、気軽に質問するなど和やかな雰囲気の中でスリングへの理解を深めた。

 1児(1歳半)の母で帯広から参加した大浦優さん(30)は「昨年夏から使っていますが、いまひとつ使いこなせていないので。2人目が生まれたら、新生児から使ってみたいと思い参加しました」と話していた。(金谷信)
2006年6月21日の記事
母校訪問懐かしむ 音更小尋常科と高等科卒業生
 音更小学校の尋常科第33回(1937年)・高等科第28回(39年)の卒業生が20日、11年ぶりのクラス会で町内に集い、会としては初めて母校を訪問した。巣立ちから約70年。校舎も周辺の景色も様変わりしたものの、児童たちの歓声に当時の思い出を重ねながら、参加者の間で懐かしい時間が過ぎた。(金谷信)

 同卒業生の会は「若緑(わかみどり)の会」と名付けられ、かつては会報も出すなど旧交を温めてきた。会員の現在の年齢は81歳と82歳。世話役の鈴木美男さん(町内在住)によると、尋常科第33回と高等科第28回で計85人が卒業生名簿に載っているが、既に半数が亡くなり、健在で所在が分かっている人は25人という。

 クラス会は92年から95年まで4年続けて開いて以来、11年ぶり。今回は地元音更をはじめ、帯広や幕別、士幌、札幌から10人が参加した。

 午後1時、役場に集合した一行は庁内を見て回り、その足で母校の音更小(松原茂美校長、児童511人)を訪れた。鎌田一寿教頭の案内で、まだ児童の残る校舎内を見学。会の代表である中山茂さん(札幌)は「教育の環境がとても整っている。私たちのころは教材を含め、何でも自分たちで作らなければならなかった」と子供時代に思いをはせた。

 校長室では、学校沿革史や周年記念誌などを手に松原校長と歓談。参加者の1人綱川甲一郎さん(帯広)は、当時の同校の子供たちがNHK帯広放送局開局記念として童話劇「こぶとり」を演じた時の記念写真を学校側に寄贈した。

 一行はこの後、バスで町内を周遊。夜は宿泊先の十勝川簡易保険保養センターで会食し、思い出を語り合うなど和やかな時間を過ごした。