十勝毎日新聞に掲載された音更町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第202回 [ 2006/07/21 ] 毎週金曜日更新
十勝めーる >>> 音更めーる
音 更 町
町長 山口 武敏
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
人 口 43,075人
(男20,637人 女22,438人)
面 積 466.09平方キロメートル
花木鳥 スズラン・シラカバ
□主な動き
 任期満了に伴う町長選挙が3月29日告示され、現職の山口武敏氏が無投票で3選を果たした。山口町長は3期目のスタートに当たり、1.みんなの声が反映される町政、2.公平で公正な町政、3.人に温かく、たくましい町政−の3点を引き続き基本姿勢に挙げ、第4期総合計画(2001−10年度)を中心に、新たに始動した財政健全化5カ年計画(05−09年度)との整合性を図りながら“協働”のまちづくりを進めるとした。

 まちづくりの上では、“自治体の憲法”として全国的に関心が集まる「(仮称)自治基本条例」の制定作業に着手。7月、公募を含む委員15人で検討会議(津久井寛委員長)が立ち上がり、06年度導入方針を固めていた指定管理者制度については第1号の導入施設として町温水プールが決まり、9月定例町議会でそれに向けた条例の一部改正案が可決された。

 町の事業では福祉関係で新規の取り組みが目立ち、町内4公共施設での移動子育て支援センター事業や、保育園の延長保育などがスタートした。施設関連では希望が丘運動公園内で建設が進んでいた新・野球場が5月21日にオープン。10月29日には、音更川をまたぎ、木野と宝来両地区を結ぶ「宝来大橋」(延長307.7メートル)=道の街路整備事業=が供用を開始、町も記念事業を組み、地域とともに待望の開通を祝った。

 増加を続ける町の人口は9月末時点の集計で4万3,000人に到達。大型の宅地造成が一段落し、ペースは鈍化しているものの、現総合計画最終年度の目標人口である4万5,000人へ期待をつないだ。都市計画の関連では、06年3月の決定を目指し、十勝川温泉地区、開進地区、開進西地区の市街化区域編入についての町の作業が本格化。特に温泉地区の編入は長年の懸案で、定住人口の誘導による観光振興への期待が高まっている。

 このほか、4月には町内農場の死亡牛からBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認された。
関 連 リ ン ク
音更町役場ホームページ
音更町図書館
音更町文化センター
音更町総合体育館・音更町武道館
音更町温水プール
音更町十勝川温泉観光協会
2006年7月17日の記事
木野夏まつり 催し多彩に
 地域の夏を彩る「木野夏まつり」が15日午後3時からハピオ木野北側駐車場特設会場で開かれ、ステージショーや縁日など盛りだくさんの催しに大勢の人が詰め掛けた。

 実行委員会(委員長・中村定二JA木野組合長)が主催、JA木野と町商工会南支部が共催。地域の活性化を目的に毎年開かれ、今年で11回目を迎えた。

 開幕間もなくの宝来ひょっとこ踊り保存会(井幸峰会長)によるステージショーを皮切りに、柳町小、緑陽台小児童による「子供よさこい」、総額25万円分の商品券が当たるお楽しみ抽選会など、盛りだくさんのイベントを展開。木野酪農振興会による牛乳消費拡大キャンペーンも行われ、牛乳の無料提供などで好評を得た。

 射的やヨーヨーつりなどの縁日や飲食の出店なども親子らで大にぎわい。来場者は暑さの戻った夏の1日をゆったりと満喫していた。(金谷信)
2006年7月16日の記事
“水ロケット”に挑戦 土曜塾親子ら31人参加
 子供たちに体験活動を提供する「土曜塾」が、15日午前9時から木野福祉会館で開かれた。ペットボトルを使った“水のロケット”作りに挑み、完成後は屋外で実際に飛ばして楽しんだ。

 土曜塾は木野5区(福井正寿会長)と同4区(吉谷健一会長)の両町内会が5年前に開設、地域住民が講師となって月1回、休日の子供たちにさまざまな体験の場を用意している。今回からは同6区町内会(小森勲会長)も加わり、活動の輪を広げた。

 この日は木野東小の児童22人と父母ら大人9人が参加。ペットボトルの飲み口に空気注入用の部品、本体横には牛乳パックなどで羽を付け、1段または2段の水ロケットを完成させた。

 この後、隣の木野東小グラウンドに出向いて打ち上げを体験。水を少し入れたロケットにポンプで空気を目いっぱい注入すると、青空へと勢いよく飛び上がり、子供たちの歓声を誘った。参加した宮下航輔君(6年)は「作るのも飛ばすのも楽しかった」と笑顔で話していた。(金谷信)
2006年7月15日の記事
にぎわい創設事業 西保育園児が灯ろう作り
 音更中央通商店街協同組合(向平敏孝理事長)が3年計画で取り組んできた「商業にぎわい創設事業」は14日、音更西保育園(白木幸久園長、園児103人)で牛乳パックを使った灯ろう作りのワークショップを行い、最終年度となる今年度のプログラムを本格的にスタートさせた。

 今年度の事業の第1弾は、京都市在住の若手芸術家もてぎかやさん(27)を迎えての「お盆の風景」。3年続けてのプログラムとなり、今年もワークショップを通して住民が作ったオリジナル灯ろうを、8月12日の盆踊り会場(町交通公園)に飾り付ける。

 音更西保育園にはこの日、もてぎさんほか、向平理事長ら同組合の理事3人も協力スタッフとして訪問。もてぎさんの指導で、年長児26人が牛乳パックを使った灯ろう作りに挑戦。クワガタなどそれぞれ好みの絵を描き込んだり、色紙を切り張りするなどして、“世界に1つだけ”の明かりを完成させた。

 もてぎさんは「牛乳パックの形や大きさにとらわれない、子供たちの伸び伸びとした感性にびっくり。商店街の皆さんのサポートも、心強くうれしかった」と笑顔で話していた。

 15日午後には音更小学校(松原茂美校長、児童511人)でも、児童を対象に同様のワークショップを行う。また、8月上旬から盆踊りまでの期間、プロスパ6(大通6)1階に“あかりショップ”を開設し、来場者に自由に灯ろう作りを楽しんでもらう。(金谷信)
2006年7月15日の記事
情報サイト「帯広ナビ」開設 MMSコミュニケーションズ
 町内の情報通信会社「MMSコミュニケーションズ」(新通北2、長澤真之介社長)が、十勝に密着したインターネットの生活情報サイト「帯広ナビ」を開設した。飲食や美容、求人などさまざまな地域情報を網羅、加盟店自身がリアルタイムに掲載内容を更新できるシステムの導入など、独自の工夫を凝らした。社長の長澤さん(30)は大手自動車メーカーのテストドライバーからの“転身”で、「皆さんのサイトとして一緒に育てていきたい」と意欲を燃やしている。(金谷信)

 長澤さんは大阪市出身で、オーストラリアで大学生活を送った後、1998年に三菱自動車テストコース(町長流枝)のテストドライバー兼エンジニアとして音更に。実際、十勝で生活して「不動産などの情報探しに不便を感じた。それらを払しょくできるサイトがあれば」と思うようになり、この春、退職して自ら会社を立ち上げた。

 このほど開設した「帯広ナビ」は、一般ユーザーが検索できる項目として飲食、おしゃれ、求人、車、不動産、スクール情報、遊びの7項目があり、帯広を中心に現在約200件(加盟店)の情報を掲載している。例えば飲食店であれば、地図や店内の写真、メニュー、価格などが載り、一部割引クーポンの利用もできる。

 また、「帯ナビカフェ」と名付けた交流広場も用意。一般ユーザーは登録なしに、身近なイベント情報やペット情報などを自由に書き込める。加盟店向けには、事業者自身が逐次、簡単に掲載内容を更新できるシステムを導入したのが大きな特徴だ。

 開設からこの間、1日1000件前後のアクセスがあるという。長澤さんは「女性やパソコン初心者向けに、分かりやすさを心掛けて作った。店1つを取っても、帯広ナビに載っている所は間違いない、そんな気持ちで内容を充実させていきたい」と話している。同サイトのアドレスはhttp://www.obnv.com 携帯電話版のアドレスはwww.obnv.com/mobile
2006年7月14日の記事
農業経営藤川さん…実は隠れた郷土史家
 音更町東音更幹線34の農業、藤川久弥さん(63)は郷土史に関心を持ち、各種文献を調べるなど地道に活動している。音更開拓の祖、大川宇八郎の定住地に関する持論もこのほどまとめた。藤川さんは「趣味の範囲だが、当時の様子を想像しながら調べることはとても楽しい」と話し、“隠れた郷土史研究家”の一面をみせている。(國井正行)

 藤川さんは音更町出身。農業を営む傍ら十勝の歴史に興味を持ち、帯広開拓にかかわった晩成社幹部の日誌を手元にそろえた。自らの家系のルーツ調べに没頭したり、自宅のある武儀地域の開拓記念誌作製に責任者として携わったこともある。

 大川宇八郎に関しては、1880年(明治13年)に定住したとされるが、藤川さんはその場所にこだわった。多くの文献に当たる一方、開拓史を取り上げた1935年(昭和10年)の新聞記事をワープロで忠実に打ち直し、誰にも読みやすくした。

 その結果、大川の定住地は音更町史などに記される「サッテキオトフケ(現音更町下士幌相生付近)」ではなく、藤川さんの自宅にも近い「メム川のあたり(同町東音更幹線)」と推定。さらに、地図と照合して「同幹線9、10号間」と具体的な位置を絞り込んだ。

 藤川さんは「残されている大川自身の話を重視した結果であり、あくまでも私の説。希望する方には集めた史料を提供するので、それらを基に自分なりに判断してもらえれば」と控えめに語る。郷土史の魅力について藤川さんは「大川がこの道を通ったのでは、などと開拓当時をいろいろと想像すること」とし、「自分でできる範囲でこれからも楽しみながら勉強したい」と話している。
2006年7月14日の記事
柏寿協会 弁士の麻生八咫さんが慰問
 無声映画の弁士「活弁」として東京を中心に全国で活躍する麻生八咫(やた)さんがこのほど、町内の養護老人ホーム柏陽園・特別養護老人ホーム寿楽園(大熊宏園長)などを運営する社会福祉法人柏寿協会(中出恒雄理事長)を慰問した。

 麻生さんは約100人の利用者を前に、「血煙高田馬場」が映し出されるスクリーンに合わせ、決闘シーンなど勢いのいいせりふ回しで当時の映画を再現した。利用者たちは青春がよみがえったように目を細めていた。

 全員で「国定忠治」の名せりふ「赤城の山もこよいを限り(中略)てめぇという強い味方があったのだ」を発声したほか、大熊園長らが弁士に挑戦すると、役になり切った節回しに盛んな拍手が送られた。

 利用者の佐藤トシ子さん(80)は「楽しくて心が穏やかになった。毎日、せりふを音読したい」と意気込んでいた。(本内のぞみ)
2006年7月12日の記事
下音更中15期生 45年ぶりに恩師の授業
 下音更中学校の15期卒業生(1961年度卒)は9日、45年ぶりに母校に集まり、恩師を囲んで授業を再現。参加者は青春時代に戻ったような明るい表情で机を並べていた。

 15期生はこれまで、5年に1度、同窓会を開いてきたが、今年は還暦を迎える節目ということもあり、同窓会幹事会(椿原憲三幹事長)が趣向を凝らした内容を企画。担任だった上田一榮さん(74)に再び教壇に立ってもらい、母校の教室で当時の授業を再現してもらうことにした。

 メンバーは前夜十勝川温泉笹井ホテルで1泊し、9日は午前10時に母校で授業を開始。上田さんが「退職後の人生」をテーマに講話し、最後は同校の校歌を全員で歌って解散した。

 同幹事会で同企画の準備にあたってきた竃(かまど)桂子さん(60)は「先生の熱心さは昔と変わらず、とてもいい授業でした。温かい気持ちになり、準備してきて本当に良かった」と感激していた。(梅庭寛子)