十勝毎日新聞に掲載された音更町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第206回 [ 2006/08/18 ] 毎週金曜日更新
十勝めーる >>> 音更めーる
音 更 町
町長 山口 武敏
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
人 口 43,075人
(男20,637人 女22,438人)
面 積 466.09平方キロメートル
花木鳥 スズラン・シラカバ
□主な動き
 任期満了に伴う町長選挙が3月29日告示され、現職の山口武敏氏が無投票で3選を果たした。山口町長は3期目のスタートに当たり、1.みんなの声が反映される町政、2.公平で公正な町政、3.人に温かく、たくましい町政−の3点を引き続き基本姿勢に挙げ、第4期総合計画(2001−10年度)を中心に、新たに始動した財政健全化5カ年計画(05−09年度)との整合性を図りながら“協働”のまちづくりを進めるとした。

 まちづくりの上では、“自治体の憲法”として全国的に関心が集まる「(仮称)自治基本条例」の制定作業に着手。7月、公募を含む委員15人で検討会議(津久井寛委員長)が立ち上がり、06年度導入方針を固めていた指定管理者制度については第1号の導入施設として町温水プールが決まり、9月定例町議会でそれに向けた条例の一部改正案が可決された。

 町の事業では福祉関係で新規の取り組みが目立ち、町内4公共施設での移動子育て支援センター事業や、保育園の延長保育などがスタートした。施設関連では希望が丘運動公園内で建設が進んでいた新・野球場が5月21日にオープン。10月29日には、音更川をまたぎ、木野と宝来両地区を結ぶ「宝来大橋」(延長307.7メートル)=道の街路整備事業=が供用を開始、町も記念事業を組み、地域とともに待望の開通を祝った。

 増加を続ける町の人口は9月末時点の集計で4万3,000人に到達。大型の宅地造成が一段落し、ペースは鈍化しているものの、現総合計画最終年度の目標人口である4万5,000人へ期待をつないだ。都市計画の関連では、06年3月の決定を目指し、十勝川温泉地区、開進地区、開進西地区の市街化区域編入についての町の作業が本格化。特に温泉地区の編入は長年の懸案で、定住人口の誘導による観光振興への期待が高まっている。

 このほか、4月には町内農場の死亡牛からBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認された。
関 連 リ ン ク
音更町役場ホームページ
音更町図書館
音更町文化センター
音更町総合体育館・音更町武道館
音更町温水プール
音更町十勝川温泉観光協会
2006年8月15日の記事
学校経営の論議深める 十勝小・中校長会教育研究大会
 十勝小・中校長会(会長・山谷孝之幕別小校長)の第39回教育研究大会がこのほど、音更町十勝川温泉のホテル大平原で開かれ、管内町村の小・中学校長と教育関係者ら約160人が、地域の信頼に応える学校経営について論議を深めた。

 今年度が同会の第13次教育研究計画(2004−06年度)の最終年次のため、3分科会に分かれて「学校経営」「教育課程」「生徒指導」の研究の成果と課題について意見を交わした。

 帯広市校長会や管内の教育長らも参加、矢花司十勝教育局長の講演「改革期の学校経営と校長の役割を考える」に耳を傾けた。矢花局長は「保護者や地域は評価する側で、学校は評価される側という意識では駄目。『教育共同体』としての連帯感を持ってほしい」と強調した。(本内のぞみ)
2006年8月15日の記事
音更高3年雜賀局長 全国高校文化祭の成果報告
 第30回全国高等学校総合文化祭(3、4日・京都市)の器楽・管弦楽部門に参加した「十勝合同オーケストラ」の構成校、音更高校管弦楽局の雜賀(さいが)友和局長(3年)らがこのほど町役場を訪れ、山口武敏町長に成果を報告した。

 十勝合同オーケストラは昨年9月の第39回全道高校音楽発表大会(旭川市)で最優秀賞を受け、今回の全国大会参加を決めていた。全国大会では構成校の同校管弦楽局36人と帯広柏葉高校吹奏楽部17人の計53人で、シューベルトの「未完成」を演奏した。

 この日は雜賀局長と同局顧問の田中尚文教諭、佐々木誠治校長が役場を訪問。同局としては2年ぶり2回目となった全国大会の成果を山口町長に伝えた。雜賀局長は「先生方から教わった成果もあり、全体として納得のいく演奏ができた」と振り返り、田中教諭も「サウンド的には全国の他校にひけをとらない演奏だった」と語った。

 同局は11月25日に定期演奏会(午後3時・町文化センター)を予定している。(金谷信)
2006年8月13日の記事
幻想的な雰囲気で盆踊り 牛乳パックの灯ろう配置
 音更中央通商店街協同組合(向平敏孝理事長)主催の「ぼんおどり」が、12日午後7時から町交通公園で行われた。やぐらを囲み、町内の子供らが牛乳パックで作った灯ろう923個が並べられ、参加者は幻想的な雰囲気の中で踊りを楽しんだ。

 同地区の盆おどりは古くから行われていたが、一時中断された時期もあり、現在の形式になって3年目。並べられた灯ろうは、同組合が道内外の若手芸術家を招き、住民を巻き込んだアート・ワークショップを行う「商業にぎわい創設事業」の一環で作られた。

 灯ろうは7月から8月にかけ、保育園児や小学生らが牛乳パックに思い思いの絵を描いたり、色紙を張り付けるなどして製作。同事業は今年3年目で最終年度に当たり、過去2年間で作られた灯ろうも置かれた。

 暗くなるのを待って開会式が行われ、向平理事長が「幻想的な灯ろうの明かりの中、楽しんで踊ってほしい」とあいさつ。音更・初音会(熊田要司会長)の伴奏に合わせ、音更音頭保存会(岩岡忠勝会長)のメンバーの先導で多くの子供らも加わり、灯ろうの明かりの中で踊っていた。(佐藤いづみ)
2006年8月11日の記事
小麦の手刈りに汗だく 音更昭和小
 昭和小学校(蔵重進校長、児童26人)の学校農園で10日、全校児童による小麦の収穫作業が行われた。小麦はパン用の品種「キタノカオリ」で、今回が初めての収穫。子供たちは秋以降に予定されているパン作りを楽しみにしながら、昔ながらの手刈りで汗だくになって作業に励んだ。(金谷信)

 小麦畑は校舎西側の学校農園の一角にあり、広さは約100平方メートル。昨年秋、地域で「キタノカオリ」を栽培している農家から種をもらい、同校PTA(津島朗会長)が種まきをした。

 この日の収穫作業は「ふるさと学習」の一環として行われ、夏休み中の児童が農園に集まり、徳本正作さんら地域の高齢者や父母、教職員の協力で汗を流した。慣れないかまを手に最初は恐る恐るだった子供たちも、次第に作業に慣れ、「次はここを刈ろうよ」と元気いっぱい。刈った小麦は束ねて縛り、ビニールハウスの中に“はさがけ”した。

 農家の子供が多いとはいえ、近年の機械化で手刈りを体験する機会はほとんどないという。児童会長の津島万里奈さん(6年)は「昔の人はこんなに大変な仕事を毎日やって、すごいと思った」と話していた。

 収穫した小麦は2学期開始早々にも脱穀し、年内か年明けにも製粉、子供たち自身でパンを作って味わう予定。
2006年8月11日の記事
中学生陸上棒高跳び 駒場中の佐藤君全国へ
 第33回全日本中学校陸上競技選手権大会(18−21日・香川県丸亀市)に出場する男子棒高跳びの佐藤捷(しょう)君(駒場中3年)が9日、町教育委員会を訪れ、「まずは予選通過ラインの4メートル20をクリアし、決勝に進みたい」と意気込みを語った。

 佐藤君は先の道中学校陸上競技大会(7月25−27日・網走市)で自己ベストの4メートル00を跳び、第3位で全国大会出場を決めた。棒高跳びでの中体連全国出場は管内では初めてという。今月5日の道央選手権大会では、4メートル11と自己記録を更新し優勝している。

 この日は同校の式見祝賀(たつよし)教頭とともに町教委を訪問。笹本悦夫教育部長に全国大会出場を報告し、同部長から「暑さの中、まずは自分自身に勝つこと。体に気を付けて頑張って」と激励を受けた。

 佐藤君は「大会ごとに記録も伸びるなど調子は良く、ポールも自分に合ったものを見つけている。まずは予選通過を果たして、できれば決勝で4メートル30を跳んでみたい」と意欲を見せた。

 佐藤君は中1の時、父の正由さん(音更小教諭)の勧めで棒高跳びを始めた。姉の彩香さん(恵庭北高2年)は同じく駒場中3年のとき、4種競技で中体連全国優勝を果たしている。(金谷信)
2006年8月10日の記事
岩手県軽米町子ども研修団が来町
 姉妹町の岩手県軽米町から9日、今年も「子ども会リーダー音更町視察研修団」が来町した。小学5年生の男女21人と引率者4人で編成。11日まで2泊3日の日程で、地元の子供たちと交流を深めている。

 音更開拓の祖、大川宇八郎翁の出身地が軽米町だった縁で、両町は1985年に姉妹町提携を結び、翌年から小学5年生を対象に相互に視察研修団を派遣している。

 今年度は参加児童宅での“民泊”を7年ぶりに再開。既に音更側の子供たち21人が8月1−4日に軽米町を訪れ、各家庭での交流も含めて有意義な時間を過ごした。

 この日は午後3時すぎから町児童会館で歓迎式が開かれ、音更側の研修生と父母らが歓迎。町教委の笹本悦夫教育部長のあいさつに続き、音更側を代表し薩田雅紀君(駒場小)が「十勝の短い夏を一緒に過ごしましょう」と述べ、軽米側は松浦桃果さんが「音更町の歴史や文化を学び、たくさんの思い出をつくりたい」とあいさつした。

 この後、一行は各民泊家庭へ向かい、児童や家族との交流を深めた。10日は夕方以降、十勝川温泉ハナック広場などを見学。夜は音更側の研修生と一緒に「はにうの宿」に宿泊し、11日午前に離町する。(金谷信)
2006年8月9日の記事
木野2区町内会 交通安全呼び掛け20年
 木野2区町内会(佐藤瑞彦会長、約160戸)が国道241号の鈴蘭公園入り口付近で続けてきた交通安全の「ミニ街頭啓発」が、今年で20周年を迎えた。毎年春から秋にかけて月1回、各班から住民が繰り出し、“手弁当”で事故防止を訴えてきた。開始当初から使ってきた旗やタスキにも年季が入り、関係者は「車が走っている以上は、これからも続けていきたい」と一層の継続へ意欲を新たにしている。(金谷信)

 同町内会が独自に街頭啓発を始めたのは1986年。当時、町交通安全協会長を務めていた渡邉光雄さん(80)が町内会長のころで、交通安全部長だった野々村義市さん(故人)を中心に国道沿いに繰り出した。

 以来、毎年5月から10月までの半年間、音更の入り口にも当たる国道241号と鈴蘭公園通の交差点付近で、月1回(毎月1日の午後5時から30分程度)の啓発活動を継続。毎回、町内会の中の3、4つの班から主婦や高齢者ら10人程度が集まり、「スピードダウン」の旗を手に街頭に立つ。

 月に3回実施した開始当初を含め、ほとんど休むことなく続けてきたという。旗とタスキも20年前からのもので、住民の交通安全への願いが詰まっている。

 現在、交通安全部長として啓発活動を引っ張る中島悟さん(70)=町交通安全指導員=は「各班長、住民の皆さんの協力でここまで続けてこられた。“事故防止は家庭から”をモットーに、子から孫へとつなぎながら継続できれば」といい、佐藤会長(74)=同=も「今後もこの場所で、ドライバーに訴えていきたい」と話している。