十勝毎日新聞に掲載された音更町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第210回 [ 2006/09/15 ] 毎週金曜日更新
十勝めーる >>> 音更めーる
音 更 町
町長 山口 武敏
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
人 口 43,075人
(男20,637人 女22,438人)
面 積 466.09平方キロメートル
花木鳥 スズラン・シラカバ
□主な動き
 任期満了に伴う町長選挙が3月29日告示され、現職の山口武敏氏が無投票で3選を果たした。山口町長は3期目のスタートに当たり、1.みんなの声が反映される町政、2.公平で公正な町政、3.人に温かく、たくましい町政−の3点を引き続き基本姿勢に挙げ、第4期総合計画(2001−10年度)を中心に、新たに始動した財政健全化5カ年計画(05−09年度)との整合性を図りながら“協働”のまちづくりを進めるとした。

 まちづくりの上では、“自治体の憲法”として全国的に関心が集まる「(仮称)自治基本条例」の制定作業に着手。7月、公募を含む委員15人で検討会議(津久井寛委員長)が立ち上がり、06年度導入方針を固めていた指定管理者制度については第1号の導入施設として町温水プールが決まり、9月定例町議会でそれに向けた条例の一部改正案が可決された。

 町の事業では福祉関係で新規の取り組みが目立ち、町内4公共施設での移動子育て支援センター事業や、保育園の延長保育などがスタートした。施設関連では希望が丘運動公園内で建設が進んでいた新・野球場が5月21日にオープン。10月29日には、音更川をまたぎ、木野と宝来両地区を結ぶ「宝来大橋」(延長307.7メートル)=道の街路整備事業=が供用を開始、町も記念事業を組み、地域とともに待望の開通を祝った。

 増加を続ける町の人口は9月末時点の集計で4万3,000人に到達。大型の宅地造成が一段落し、ペースは鈍化しているものの、現総合計画最終年度の目標人口である4万5,000人へ期待をつないだ。都市計画の関連では、06年3月の決定を目指し、十勝川温泉地区、開進地区、開進西地区の市街化区域編入についての町の作業が本格化。特に温泉地区の編入は長年の懸案で、定住人口の誘導による観光振興への期待が高まっている。

 このほか、4月には町内農場の死亡牛からBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認された。
関 連 リ ン ク
音更町役場ホームページ
音更町図書館
音更町文化センター
音更町総合体育館・音更町武道館
音更町温水プール
音更町十勝川温泉観光協会
2006年9月12日の記事
201人力泳 町水泳協会
 第23回町学童水泳記録会がこのほど町温水プール・アクリナちゃっぽで開かれた。町水泳協会(坂本勝明会長)主催。自由形や平泳ぎなど14種目に201人が出場、男女や学年、距離ごとに分かれて競った。(佐藤いづみ)
2006年9月12日の記事
橋台2基と上部工に着手へ 「翠柳大橋」
 帯広土木現業所が建設を進める「翠柳(すいりゅう)大橋」(延長324.6メートル)は今年度、下部工のうち残る橋台2基の整備と併せ、上部工にも着手する計画だ。音更川をまたぎ、木野、宝来両地区を結ぶ“第3”の長大橋。現地では昨年度建造した橋脚4基がどっしりと構え、2009年度の完成(予定)へ次の工事を待っている。(金谷信)

 同大橋の建設は、道道帯広浦幌線(街路名・国見通)の道路改良事業の一環。帯広圏域環状道路の北側ルートの一部を形成する橋として05年度に着工した。総幅員17.5メートル。うち路肩を含めた車道部は9.5メートル(片側1車線)で、両側に各4メートルの歩道を設ける。

 帯広土現によると、工事2年目の今年度は10月以降、橋台2基を造るほか、新たに上部工(橋げた)にも入る予定。上部工は08年度までの3カ年を見込んでいる。

 取り付け道路(総幅員23メートル)の整備区間は木野側が国道241号までの延長400メートル、宝来側が同220メートルで、07年度から工事が本格化する見通しという。

 総事業費約46億円(うち今年度分は5億3000万円)。同大橋を含む整備区間は十勝川温泉などへのアクセスルートともなり、同土現では「帯広圏域の円滑な交通を確保するとともに、物流の効率化や地域観光の活性化にも資するもの」としている。

 同大橋が完成した際には、既存の十勝新橋(延長278メートル)、昨年10月に開通した宝来大橋(同308メートル)と合わせ、約1.7キロ区間の音更川に3つの橋が隣り合うことになる。
2006年9月11日の記事
オープン記念の演奏会華やかに 柳月スイートピア・ガーデン内ステージ
 柳月(田村昇社長)が柳月スイートピア・ガーデン(下音更北9線西18)内に設けた「ミュージックステージ」のオープニング記念演奏会が、9日午後1時半から開かれた。弦楽四重奏や尺八、ハーモニカ演奏など多彩なプログラムが組まれ、同店を訪れた買い物客などを楽しませた。

 ミュージックステージは1階の菓子工房ステージに設けられ、いす席で約100人までの収容が可能。毎週土曜日に音楽やダンス発表の場として開放していく。

 この日は田村社長、後藤聡明帯広市民文化ホール館長のあいさつと祝辞に続いて演奏会に入り、二瓶宏さんの尺八演奏「六段の調べ」で開演。コーラスやフラダンスなど10組がステージに立ち、小笠原一規さんと棚瀬麻実子さんによるオペラ「椿姫」より「乾杯の歌」、帯広交響楽団の牧野貴博さん(第一バイオリン)らによる弦楽四重奏でモーツァルトの「アイネクライネ・ナハトムジーク」などが披露された。(武内哲)
2006年9月11日の記事
宝来神社100周年 記念大祭に住民120人
 宝来神社100周年の節目を祝う記念大祭と記念式典・祝賀会が10日、同神社などを会場に開かれた。住民ら約120人が出席、先人の労苦に思いをはせ、地域のシンボルでもある同神社の継承へ心を新たにした。

 記念大祭は午前10時から同神社で行われ、石川守100周年記念実行委員長(同神社運営委員長)ら出席者が玉ぐしを奉てん。終了後には拝殿で、菊池桃子さんと山屋絵夢さん(ともに音更小)による「浦安の舞」の奉納があった。

 また、100周年に当たり地区住民の金子栄昭さん、キミ子さん夫妻から奉納された社号標と「百周年之碑」の除幕式も行われ、関係者が見守る中、夫妻の孫である金子進君、守君、正和君の3人が力強く除幕のひもを引いた。

 この後、宝来軽スポーツセンターに会場を移して記念式典。功労者27人に感謝状が贈られ、石川実行委員長が「今後も人々の心のよりどころとなり、さらに愛され、親しまれる神社に」と式辞を述べた。畠山敏明町神社連合会会長が祝辞、音更神社の佐々木敬宮司があいさつし、受賞者代表で木野村六十夫氏(代理)が謝辞を述べた。

 引き続き、宝来福祉館で祝賀会が開かれた。

 宝来神社は1906年(明治39年)、木野村農場の守護神として天照皇大神宮分神を拝受し、農場内に奉安鎮座。19年(大正8年)に現在地(宝来北1ノ3)に遷座した。100周年の事業はほかに、11月に記念誌発行を予定している。(金谷信)
2006年9月8日の記事
福寿仲良し会民謡部が交流会 楽しく三味線演奏
 福寿仲良し会民謡部(泉谷明正部長、22人)は7日、町内の養護老人ホーム「柏陽園」(大熊宏園長)で交流会を開き、歌や三味線演奏などで入所者を楽しませた。

 同民謡部は町内の老人クラブ福寿会の1サークル。毎年、福祉施設で交流会を開き、民謡部単独では5年目を迎えた。

 この日は午後2時、部員19人と指導者の川嶋フサ子さん(音更)が同施設を訪問。泉谷部長が「私たち民謡部も平均年齢82歳。高齢者同士、心の安らぎを求めて楽しみましょう」とあいさつした後、開幕演奏の「田原坂」を皮切りに「十勝小唄」「どさんこ甚句」など23曲を披露した。

 会場には柏陽園と特別養護老人ホーム寿楽園の入所者ら60人ほどが集まり、「花笠音頭」では一緒に合唱するなど楽しい時間を過ごした。(金谷信)
2006年9月7日の記事
手打ちうどん振る舞う 中島さんが「ゆうゆう」で
 町下士幌北進で農業を営む中島徳治さん(56)が6日、町在宅老人デイサービスセンター「ゆうゆう」(須田くみ子施設長)を訪問。自らの畑で昨年収穫した春まき小麦「春よ恋」を使って手打ちうどんを振る舞い、利用者を喜ばせた。

 中島さんは地元産小麦の利用促進を願い、趣味でうどん打ちなどに取り組んでいる。今回の「ゆうゆう」訪問は、知人で同施設の調理委託を受けている音更健康給食協会の代表目黒みさ子さんを通じて依頼があり、農作業の合間を縫って足を運んだ。

 同施設や生きがいデイサービスの利用者ら約50人が見守る中、中島さんは練った状態の生地をめん棒で伸ばし、包丁で切るなど手際よく作業。途中、施設の職員を交えて生地練りの実演も披露するなど、うどん打ちを通じて和やかな交流のひとときが過ぎた。

 打ちたてのうどんはめんつゆとともに施設の昼の食卓に。利用者の笑顔を前に中島さんは「パン作りも含め、今後も施設訪問を続けていきたい」と話していた。(金谷信)
2006年9月7日の記事
宝来神社が鎮座100年 10日に記念事業
 宝来神社100周年を祝う記念大祭、式典などの各行事が10日、同神社と地区内の各施設を会場に開かれる。社務所造営、馬頭観世音の祠(ほこら)改修など、昨年から順次実施に移してきた記念事業もいよいよ大詰め。関係者は1世紀にわたる神社の歴史に改めて思いを寄せ、粛々と準備を進めている。(金谷信)

 沿革史によると、同神社は1906年(明治39年)、木野村農場の守護神として下音更北5線東5に奉安鎮座。数度の遷座を経て19年(大正8年)9月、現在地(宝来北1ノ3)に移った。68年に神殿が落成、76年には拝殿などが完成し、現在に至っている。

 100周年の記念事業は実行委員会(石川守委員長)が進め、昨年夏には地域住民の寄付金で社務所が落成、神殿・拝殿の改修や周辺整備も行った。また、住民からは手水舎や社号標、交通安全馬頭観世音の碑、100周年の碑などの奉納が相次ぎ、記念誌作りも11月の発行(予定)に向けて作業が大詰めを迎えている。

 10日は午前10時から同神社で記念大祭。終了後、社号標と100周年の碑の除幕を行い、引き続き宝来軽スポーツセンターで記念式典、宝来福祉館で祝賀会を開く。大祭の後や祝賀会では、地域の小学生による「浦安の舞」の奉納も予定されている。

 記念行事は17日の秋季大祭(子供みこし)が締めくくり。節目に当たり、石川実行委員長は「神社は地域の人々の心のシンボルであり、その心を若い人たちにつないでいくためにも、さらに愛され、親しまれる神社にしていきたい」と話している。