十勝毎日新聞に掲載された音更町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第226回 [ 2007/01/12 ] 毎週金曜日更新
十勝めーる >>> 音更めーる
音 更 町
町長 山口 武敏
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
人 口 43,075人
(男20,637人 女22,438人)
面 積 466.09平方キロメートル
花木鳥 スズラン・シラカバ
□主な動き
 任期満了に伴う町長選挙が3月29日告示され、現職の山口武敏氏が無投票で3選を果たした。山口町長は3期目のスタートに当たり、1.みんなの声が反映される町政、2.公平で公正な町政、3.人に温かく、たくましい町政−の3点を引き続き基本姿勢に挙げ、第4期総合計画(2001−10年度)を中心に、新たに始動した財政健全化5カ年計画(05−09年度)との整合性を図りながら“協働”のまちづくりを進めるとした。

 まちづくりの上では、“自治体の憲法”として全国的に関心が集まる「(仮称)自治基本条例」の制定作業に着手。7月、公募を含む委員15人で検討会議(津久井寛委員長)が立ち上がり、06年度導入方針を固めていた指定管理者制度については第1号の導入施設として町温水プールが決まり、9月定例町議会でそれに向けた条例の一部改正案が可決された。

 町の事業では福祉関係で新規の取り組みが目立ち、町内4公共施設での移動子育て支援センター事業や、保育園の延長保育などがスタートした。施設関連では希望が丘運動公園内で建設が進んでいた新・野球場が5月21日にオープン。10月29日には、音更川をまたぎ、木野と宝来両地区を結ぶ「宝来大橋」(延長307.7メートル)=道の街路整備事業=が供用を開始、町も記念事業を組み、地域とともに待望の開通を祝った。

 増加を続ける町の人口は9月末時点の集計で4万3,000人に到達。大型の宅地造成が一段落し、ペースは鈍化しているものの、現総合計画最終年度の目標人口である4万5,000人へ期待をつないだ。都市計画の関連では、06年3月の決定を目指し、十勝川温泉地区、開進地区、開進西地区の市街化区域編入についての町の作業が本格化。特に温泉地区の編入は長年の懸案で、定住人口の誘導による観光振興への期待が高まっている。

 このほか、4月には町内農場の死亡牛からBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認された。
関 連 リ ン ク
音更町役場ホームページ
音更町図書館
音更町文化センター
音更町総合体育館・音更町武道館
音更町温水プール
音更町十勝川温泉観光協会
2007年1月9日の記事
“音更の星座”発表 小学生対象のアーティスト・イン・スクール
 音更にちなんだ“オリジナル星座”の上映会が、このほど「プロスパ6」1階空き店舗で開かれた。音更小学校(松原茂美校長、児童513人)の空き教室を拠点に実施した「アーティスト・イン・スクール」の成果発表会。子供たちが自分たちの住むまちの記憶をイメージした見事な星座が披露された。

 アーティスト・イン・スクールは、同校が地域との連携の一環として、音更中央通商店街協同組合(向平敏孝理事長)の「商業にぎわい創設事業」を活用して実施。「音更の星座をつくろうクラブ」(音更星座体系編さん計画)と名付け、千葉県在住のアーティスト村井啓哲さん(44)を講師に迎え、4、5年生が挑戦した。

 上映会は子供と保護者約15人が参加。出来上がった星座にはカボチャやスズラン、花火、ハクチョウなど音更にちなんだものがたくさん表現され、それをスクリーンに映して村井さんが解説しながら鑑賞した。

 村井さんは「立派な音更の星座体系ができた」と講評していた。(山崎大和)
2007年1月7日の記事
雪の中も笑顔は晴れやか 17町村で成人式
 「成人の日」(8日)を前に十勝管内の17町村で7日、大人の門出を祝う成人式が開かれた。あいにくの雪模様となったが、華やかな着物やスーツに身を包んだ多くの新成人はりりしい表情を見せていた。

 十勝教育局によると、今年の成人式参加対象者は前年より219人減少の3734人。管内では新得が3日に実施、帯広は8日に開催する。

 音更では午前11時から町文化センターで成人式を開き、新成人331人が出席。成人代表の阿部紗織さんが町民憲章を朗読し、町教委の竹田正二委員長が式辞、山口武敏町長が祝辞を述べた。成人代表の林慶佑さん、大泉菜巳さんが交通安全宣言を行い、松田良太さんと佐藤茉以子さんが「若さと情熱で困難を乗り越え、目標に向かって一生懸命努力したい」と誓った。

 更別では午前11時20分から村社会福祉センターで行われ、35人が出席。式典では新成人を代表し、荻原将太さんと森田亜沙美さんが村民憲章を朗唱。安村豊治村長があいさつを行った後、若園芳美さんが成人の誓いを宣言した。会場では、新成人たちが友人と記念撮影を楽しみながら旧交を温めていた。(池谷智仁、山崎大和)
2007年1月6日の記事
細海さん祝満100歳 自宅で「百歳慶賀」
 町大通の細海アサさんが満100歳の誕生日を迎え、これを祝福する「百歳慶賀」(町主催)がこのほど細海さんの自宅で行われた。

 細海さんは1907年(明治40年)1月2日、胆振管内白老町生まれ。26年に夫の定英さん(故人)と結婚、町万年で水田農家を始め、市街地に住居を移してからも矢部、門前地区に通いながら畑作農業を続けた。5男5女をもうけ、孫22人、ひ孫25人、やしゃご2人に恵まれている。

 80歳ごろまで花づくりに親しみ、現在は手芸を楽しむ。「物事にこだわらず、おおらかに生きること」が長寿の秘訣(ひけつ)という。

 百歳慶賀は誕生日に合わせて行われ、親族ら10人余りが出席。藤井勉助役(町長代理)が顕彰状と祝い金、記念品を贈呈、長女の森定子さん(帯広)が花束を贈った後、細海さんがケーキのろうそくの火を元気よく吹き消した。最後に、長男の一英さん(音更)が「母も大変喜んでいます」と謝辞を述べた。

 町の百歳慶賀は72年に始まり、細海さんが35人目の顕彰となった。(金谷信)
2006年12月30日の記事
もちつき楽しく 宝来地区ひびき野東町1、2丁目町内会
 町宝来地区のひびき野東町1丁目町内会(伊勢利明会長)と同2丁目町内会(沼山満会長)合同のもちつき大会が、このほど町宝来福祉館で開かれた。

 地域住民が世代を超えて交流をと一昨年から開催。きねと臼を使った伝統的な方法でついたもちを一緒に味わっている。

 この日は、両町内会から約50世帯、200人が参加。施設玄関前で「よいしょ」の掛け声に合わせ、大人と子供が一緒にもちつきを楽しんだ。

 木野東小1年の戸出稜大君(7)は、「きねが重くて大変だったけれど、おいしいおもちができそう」と笑顔で話していた。

 出来上がったもちは丸めて味わったほか、会場内の遊びコーナーではお年寄りと子供が交流し、楽しいひとときを過ごしていた。(杉原尚勝)
2006年12月29日の記事
「豆守り」製作 音更神社元日頒布
 音更神社(佐々木敬宮司)は、ビートの種を中に納めた合格お守りと学業お守り、小豆を中に入れた「豆守り」を新たに製作した。初詣でに合わせて元日の午前0時から頒布する。

 同神社は2002年以降、リスや牛、フクロウなど神社にゆかりのある動物をデザインしたお守りを“自然シリーズ”として製作している。今回の3つのお守りもこの流れに沿い、「植物への回帰」(佐々木宮司)と位置付けて作った。

 ビートの種は日本甜菜製糖音更原料事務所、小豆は山本忠信商店から奉納を受け、合格、学業お守りにはビートの種、豆守りには小豆をそれぞれ1粒ずつ納めた。

 ビートの種を中に入れたのは「種が命の源としての力を持つ」(同)ことに加え、“甜菜(てんさい)”と“天才”をかけてのアイデア。小豆には、古事記の時代から“厄よけ”の力があると言われているという。いずれも1体800円で頒布する。

 同神社ではほかに、大みそか31日午後4時からの除夜祭の参列者に「お祝い箸(はし)」(限定50セット=1セット5膳入り)を無料頒布する。また、元日の午前0時と元旦祭終了後の午前10時半には甘酒、お神酒を参拝者に振る舞う。(金谷信)
2006年12月28日の記事
親子でもちつき 下士幌小「チャレンジサタディ」
 下士幌小学校(二ツ山智校長、児童88人)の「チャレンジサタディ」が、このほど同校体育館で行われた。この日は105回目の開校記念日で、親子がもちつきなどで楽しいひとときを過ごした。

 チャレンジサタディは同校PTA(中井信人会長)が主催。児童や父母ら約70人が参加した。同校は1901年(明治34年)、本照寺境内で当時の住職桂井智広氏の指導で授業を開始したのが始まり。この日は最初に、同氏の子孫で現住職の桂井智善さんが講話。開校当時の様子などを交え、「105回目の誕生日に皆さんがここにいるのはすごいこと」と述べた。この後、子供たちはきねを懸命に振り上げては下ろし、つき上がった後はあんこもちにして味わった。(金谷信)
2006年12月28日の記事
中村さん自宅の製粉工場大忙し 開設5年
 町西中音更の中村松寿さん(60)が、自宅敷地内にソバの製粉工場を構えて5年目に入った。「自分の健康と楽しみのため」というが、今やそば店からの受注に加え、農家など個人からの原料持ち込みも多く、本業の域だ。この冬もベルト式の2台の製粉機がフル回転、管内でも数少ない個人のソバ製粉工場として多忙な年末を送っている。(金谷信)

 中村さんは畑作農家の3代目。農場では代々畑作をしながらソバも栽培し、今も毎年2、3ヘクタールを作っている。農場は昨年から二男の政樹さん(33)に任せ、自身は製粉作業に没頭している。

 敷地内にソバの製粉工場を構えたのは2002年の春。それまで自身の畑で取れたソバの製粉を依頼していた鹿追町瓜幕の精米所が製粉の仕事をやめると聞き、「ぜひ自分でやりたい」と機械を譲ってもらったのがきっかけとなった。倉庫と一緒に自前の工場(面積約40平方メートル)を建設。製粉機や磨き機、皮むき機などを自ら設置し、同年10月に稼働させた。

 同精米所の主人から1年間指導を受けて腕を磨き、今では本業さながら。自身のソバや富良野から取り寄せたソバをひく一方、管内4軒のそば店からは持ち込みも含めて年中仕事が来る。

 特に10月から12月にかけては、農家を中心に町内外からの個人のソバの依頼も重なり、「このころになると月に35俵(1俵45キロ)ずつの仕事に追われる」という多忙ぶり。工場内では1959年製の「小野塚式」(石ずり式)など譲り受けた2台の製粉機が夜明け前から動き、傍らでは中村さんが常時目を離さずに見守っている。

 「玄ソバの段階で、かんでカリッとしないといい風味は出ない。乾燥は十分にさせる」など、こだわりはいろいろ。一方で、自らひいた粉を妻の京子さん(57)が打つ10割そばで味わうのが楽しみともいう。

 中村さんは「自分にとって製粉は楽しみであり、年を取って健康のためでもある。ここに原料を持ち込む皆さんの気持ちに応えるためにも、1つひとつ手間暇をかけ、できる限り続けていきたい」と話している。

 中村さんへの問い合わせは電話0155・45・2132(自宅)へ。