十勝毎日新聞に掲載された音更町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第248回 [ 2007/06/15 ] 毎週金曜日更新
十勝めーる >>> 音更めーる
音 更 町
町長 山口 武敏
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
人 口 43,075人
(男20,637人 女22,438人)
面 積 466.09平方キロメートル
花木鳥 スズラン・シラカバ
□主な動き
 任期満了に伴う町長選挙が3月29日告示され、現職の山口武敏氏が無投票で3選を果たした。山口町長は3期目のスタートに当たり、1.みんなの声が反映される町政、2.公平で公正な町政、3.人に温かく、たくましい町政−の3点を引き続き基本姿勢に挙げ、第4期総合計画(2001−10年度)を中心に、新たに始動した財政健全化5カ年計画(05−09年度)との整合性を図りながら“協働”のまちづくりを進めるとした。

 まちづくりの上では、“自治体の憲法”として全国的に関心が集まる「(仮称)自治基本条例」の制定作業に着手。7月、公募を含む委員15人で検討会議(津久井寛委員長)が立ち上がり、06年度導入方針を固めていた指定管理者制度については第1号の導入施設として町温水プールが決まり、9月定例町議会でそれに向けた条例の一部改正案が可決された。

 町の事業では福祉関係で新規の取り組みが目立ち、町内4公共施設での移動子育て支援センター事業や、保育園の延長保育などがスタートした。施設関連では希望が丘運動公園内で建設が進んでいた新・野球場が5月21日にオープン。10月29日には、音更川をまたぎ、木野と宝来両地区を結ぶ「宝来大橋」(延長307.7メートル)=道の街路整備事業=が供用を開始、町も記念事業を組み、地域とともに待望の開通を祝った。

 増加を続ける町の人口は9月末時点の集計で4万3,000人に到達。大型の宅地造成が一段落し、ペースは鈍化しているものの、現総合計画最終年度の目標人口である4万5,000人へ期待をつないだ。都市計画の関連では、06年3月の決定を目指し、十勝川温泉地区、開進地区、開進西地区の市街化区域編入についての町の作業が本格化。特に温泉地区の編入は長年の懸案で、定住人口の誘導による観光振興への期待が高まっている。

 このほか、4月には町内農場の死亡牛からBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認された。
関 連 リ ン ク
音更町役場ホームページ
音更町図書館
音更町文化センター
音更町総合体育館・音更町武道館
音更町温水プール
音更町十勝川温泉観光協会
音更町の上下水道
2007年6月12日の記事
十勝川温泉第一ホテル 50周年で記念パーティー
 十勝川温泉第一ホテル(林文昭社長)の創業50周年と、本館を全面改装し名称を新たにした「豆陽亭(とうようてい)」の竣工(しゅんこう)を記念するパーティーが、11日正午から同ホテルで開かれた。各界から約250人が出席、同ホテル半世紀の節目と豆陽亭の門出を盛大に祝った。

 パーティーに先立ち同ホテルの歴史を紹介する映像を上映。今回改装工事の設計を担当した石井建築事務所(東京)の池田千博社長と、施工担当の大成建設札幌支店・小野沢潔支店長に感謝状が贈られた。

 パーティーでは、林光繁第一ホテル会長が「創業者で父の林克己は祖父林豊洲が掘削した第一泉源に由来して『第一ホテル』の名称を付けた。そこには父の祖父への思いが感じられ、その思いを継承していきたい」とあいさつ。山口武敏音更町長の祝辞、林文昭社長のあいさつに続き、大須賀良明十勝観光連盟会長、山本巌音更町商工会会長、笹井清志十勝川温泉観光協会会長、※高橋勝坦第一ホテル共栄会会長も加わって鏡開きを行い、大須賀会長の発声で祝杯を挙げた。

 十勝小唄振興保存会(佐々木忠利会長)などによるアトラクションも披露され、出席者を楽しませた。最後に笹井会長が一本締めをした。

 同ホテルは1956年に「十勝川温泉クラブ」として創業。豆陽亭(78室)は「和風モダン」をコンセプトに3−5階にバルコニーを設けるなどし、12日にオープン。11日は豆陽亭の竣工式と内覧会も行われた。(佐藤圭史)

※高橋勝坦さんの高の字は異体字です。
2007年6月12日の記事
十勝川温泉 華やか青や赤…ルピナス満開
 音更町十勝川温泉の町道沿いではルピナスの花が満開。初夏の風に揺られながら、道行くドライバーの目を楽しませている。

 ルピナスは地中海沿岸、北米が原産地の外来種だが、同時期に咲く日本の「下がり藤」に対し、「昇藤(のぼりふじ)」の和名を持つ。生育力が旺盛で、耐寒性があるため、気象条件の厳しい管内でも各所で自生している。

 薄紫の下がり藤は清らかでしなやかな“大和撫子”のイメージだが、天を突き刺す青や赤、紫など、原色の派手なルピナスは、遊女の華やかさを感じさせる。一斉に開花したルピナスは、強い日差しに照らされ、競い合うように、その華美な容姿を、ドライバーにアピールしている。(成田融)
2007年6月11日の記事
道東フォークダンス大会 道内38団体が参加
 第41回道東フォークダンス大会音更大会(日本フォークダンス連盟道東支部主催)が9、10の2日間、町総合体育館(サンドームおとふけ)で開かれた。

 毎年1回、道東各地の会場持ち回りで開かれ、交流を深めている。音更では初めて。音更フォークダンス愛好会(杉山トク会長)が主管した。

 道東をはじめ、全道各地から38団体、400人が参加。華やかな民族衣装に身を包んだ参加者は、ヨーロッパの民謡から日本民謡まで約150曲を大きな輪になって踊った。懇親会は十勝川温泉で開かれ、北海道遺産のモール温泉をじっくり味わった。(酒井花)
2007年6月11日の記事
太陽やハート花でくっきり 更葉園で花畑作り
 社会福祉法人更葉園(比留間正二理事長)の南側花畑でこのほど、「たのしいお花畑づくり大会」が行われた。施設利用者や地域住民が花植えに汗を流した。

 同大会は2005年に始まり、昨年から一般参加者を募集。今年は帯広や幕別、鹿追などからも集まった。比留間理事長が「皆さんで協力して花を植え、交流を深めましょう」とあいさつ。施設利用者や職員、地域住民ら約130人がマリーゴールドやベゴニア、シロタエギクなど約1000株を植えた。あらかじめ花壇に描かれた幾つかの形に沿って苗を植え、太陽やハート、星の形が鮮やかに浮かび上がった。

 花壇造成が終わった後は記念写真を撮り、施設利用者らが作ったおにぎりや豚汁を味わって親睦(しんぼく)を深めた。(佐藤圭史)
2007年6月11日の記事
戦時中、音更で生活した韓国人の金さん 62年ぶりの運動会同級生と参加
 太平洋戦争中、音更町豊田で生活していた韓国人の金基培(キム・エイバイ)さん(75)が9日、62年ぶりに母校の豊田小学校(中村政治校長、児童24人)の運動会に参加した。金さんは懐かしい同級生とともに桟敷席に座り、軍隊色の強かった戦時中の運動会からすっかり様変わりした内容に感動していた。(酒井花)

 戦前、金さん一家は日本の奨励策の一環で北海道に渡り、小作農となった。当時、豊田地区には金さんのほかに朝鮮半島から渡って来た農家が5戸はあったという。

 1歳から14歳まで豊田で過ごした金さんにとって、日本は「心の中の故郷」という。終戦の翌年、一家で韓国ソウルに戻った金さんは、当初は慣れない母国語に苦労した。朝鮮戦争(1950年勃発)では軍人として戦い、苦難を乗り越えて現在は土木技術者として成功している。

 戦後、生活が落ち着いてから「懐かしい故郷に帰りたい」と考えて手紙を当時の同級生に出し、95年に豊田へ半世紀ぶりの帰郷を果たした。6回目となる今回の訪問では、同級生でつくるクラス会「やちぼうずの会」(古池晴一会長)の発案で、母校の運動会に参加することにした。

 この日は、当時担任だった小森政男さん(94)=帯広市=や仲間13人が学校を訪れ、校庭に設けられた桟敷席で児童たちのはつらつとしたプレーや演技を見守った。

 古池会長は「当時の運動会は行進や竹やりによる武術訓練ばかり。地域ぐるみで取り組む新しい運動会を見せたかった」と話す。

 金さんは「こうして仲間とともに運動会に参加できるのは、幸せの一言」と感激していた。
2007年6月7日の記事
温泉情報紹介します 帯広ナビのサイトで22日まで無料掲載
 町木野大通西1の情報通信会社「帯広ナビゲーション」(長澤真之介社長)はこのほど、自社で運営するインターネットの生活情報サイトに、管内の温泉施設を紹介する新コーナーを開設した。場所や施設の概要を条件に検索できる機能付きで、長澤社長は「温泉資源に恵まれた十勝の観光振興に役立てば」としている。

 このサイトは「帯広ナビ」。大阪市出身の長澤社長が10年前に移住してきた当時、不便と感じてきた経験を基に、飲食やファッション、求人、不動産情報など生活に必要な情報をひとまとめにした「ポータル(玄関口)サイト」を目指し、昨年5月に設けた。サイトのアクセス数は1日平均8000件。

 新コーナーの「温泉」は、十勝の豊富な温泉資源に着目。現在は音更町の十勝川温泉をはじめ30施設を掲載している。住所や営業時間など基本情報のほか、泉質、適応症、禁忌症、施設情報として浴槽や露天風呂などの写真も載せた。「エリア・施設・温度・キーワード」の4つの条件で検索もできる。

 22日まで、申し込みのあった管内温泉施設の情報を無料で掲載する。長澤社長は「自分の希望に合った温泉施設を手軽に探せ、事前に情報を提供できるコーナーを目指した」と話している。

 問い合わせは同社(0155・31・2891)へ。HPのアドレスはhttp://www.obnv.com/(酒井花)
2007年6月6日の記事
かべ新聞作りは仲間と協力して 教育研OB会が音更小で出前授業
 「十勝新聞教育研究会OB会」(末広雅穂会長、会員約20人)が5日、音更小学校(小川修平校長、児童487人)でかべ新聞の出前授業を行った。児童はかべ新聞の作り方を熱心に学んだ。

 同会は管内の教員退職者で構成。かべ新聞の出前授業は2000年から行っており、年間で10件程度をこなす。

 この日は山谷敬一さん(68)と佐藤勲さん(72)が同校を訪れ、6年生(99人)の学級ごとに授業を行った。山谷さんは「みんなで協力してかべ新聞作りに取り組むことが大切。新聞作りを通じて仲間との信頼関係も深まる」と話し、新聞名の付け方や記事の書き方、割り付けなどを指導した。

 6年1組(34人)の千葉駿作君は「今日教えてもらったことを生かして新聞作りをしてみたい」と話していた。同校では今後、歴史関係の授業などでの発表会にかべ新聞を取り入れる予定。(佐藤圭史)