十勝毎日新聞に掲載された音更町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第352回 [ 2009/06/26 ] 毎週金曜日更新
十勝めーる >>> 音更めーる
音 更 町
町長 寺山 憲二
面 積 466.09平方キロメートル
(総務省統計局より)
花木鳥 スズラン・シラカバ
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
□主な動き
 任期満了に伴う町長選挙が3月29日告示され、現職の山口武敏氏が無投票で3選を果たした。山口町長は3期目のスタートに当たり、1.みんなの声が反映される町政、2.公平で公正な町政、3.人に温かく、たくましい町政−の3点を引き続き基本姿勢に挙げ、第4期総合計画(2001−10年度)を中心に、新たに始動した財政健全化5カ年計画(05−09年度)との整合性を図りながら“協働”のまちづくりを進めるとした。

 まちづくりの上では、“自治体の憲法”として全国的に関心が集まる「(仮称)自治基本条例」の制定作業に着手。7月、公募を含む委員15人で検討会議(津久井寛委員長)が立ち上がり、06年度導入方針を固めていた指定管理者制度については第1号の導入施設として町温水プールが決まり、9月定例町議会でそれに向けた条例の一部改正案が可決された。

 町の事業では福祉関係で新規の取り組みが目立ち、町内4公共施設での移動子育て支援センター事業や、保育園の延長保育などがスタートした。施設関連では希望が丘運動公園内で建設が進んでいた新・野球場が5月21日にオープン。10月29日には、音更川をまたぎ、木野と宝来両地区を結ぶ「宝来大橋」(延長307.7メートル)=道の街路整備事業=が供用を開始、町も記念事業を組み、地域とともに待望の開通を祝った。

 増加を続ける町の人口は9月末時点の集計で4万3,000人に到達。大型の宅地造成が一段落し、ペースは鈍化しているものの、現総合計画最終年度の目標人口である4万5,000人へ期待をつないだ。都市計画の関連では、06年3月の決定を目指し、十勝川温泉地区、開進地区、開進西地区の市街化区域編入についての町の作業が本格化。特に温泉地区の編入は長年の懸案で、定住人口の誘導による観光振興への期待が高まっている。

 このほか、4月には町内農場の死亡牛からBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認された。
関 連 リ ン ク
音更町役場ホームページ
音更町図書館
音更町文化センター
音更町総合体育館・音更町武道館
音更町温水プール
音更町十勝川温泉観光協会
音更町の上下水道
2009年6月23日の記事
乗馬や散策、自然満喫 「音和の森の楽校」
 NPO法人トカプチの森(川田淳理事長)と町教委共催の自然体験教室「音和の森の楽校」が20日、町内の音和の森自然園内で開かれた。新緑が生い茂る原始の森の中で、子供たちは生き生きと活動した。

 同法人の役員6人と町教委主催の「音更こども体験隊」の小学5、6年生12人が参加。町内で馬を飼養している葛岡美英さんが協力、ドサンコやポニーを連れてきた。子供たちは、ドサンコの背中に乗って乗馬を体験、カシワやハルニレなどの木が広がる森の中で自然散策や丸太の切り出しなどを楽しんだ。炭をおこして、昔ながらの焼き機で地場産小麦のせんべいも作った。

 5年の酒井君は「馬は背中が温かくてかわいかった。切った丸太の模様が面白い」と感激していた。(酒井花)
2009年6月22日の記事
漫画家の道一歩一歩前進 三好さん「別冊フレンド」に作品
 町柳町在住の三好真希子さん(25)が「三次(みよし)マキ」のペンネームで漫画家デビューを果たし、5月には少女向け月刊漫画雑誌「別冊フレンド」(講談社)に作品が掲載されるなど、徐々に活躍の場を広げている。実家で制作を続ける三好さんは「十勝にこだわりたい」と話し、母校の鹿追高校など十勝を連想させる風景を幾つも作品に登場させている。

 三好さんは出身地の音更から鹿追高校に通い、京都橘女子大(現在は共学)に進学。4年生の時に退学し、「会社で働くことは向かない」(三好さん)と、幼いころからあこがれていた漫画家になることを決意した。中学、高校時代はバスケットボールや剣道部に所属し、漫画と離れる時期もあったが、一念発起し、「別冊フレンド」紙上で募集している「まんがセミナー」に投稿を重ねた。

 大賞には届かなかったものの、昨年6月に講談社編集部からデビューの知らせを受けた。「作品が載るまでは疑心暗鬼だった」。11月に隔月発刊の「別冊フレンド増刊号」にデビュー作が掲載され、初めて実感がわいたという。

 デビューを果たした今も、会社経営の父真三詩さん(57)、母理智子さん(54)、兄で町役場勤務の真太郎さん(26)と実家で暮らし、町内でアルバイトをしながら明け方近くまで創作に励む。「人が多い東京は嫌い。自然と舞台も十勝になる」と話す。

 あこがれの「別冊フレンド」(6月号)に掲載された作品「夏色ドロップ」は、幼なじみ同士の甘酸っぱい初恋を描いた。鹿追高校の隣町「新得町」の地名を出したり、北海道弁も普通に使った。5人の作家で発刊した単行本「禁断の恋人」(講談社)に掲載された作品「アカルイミライ」の舞台は鹿追高校だ。

 新人漫画家として歩み出した三好さんは「小学校でお世話になった担任の先生に『無事、漫画家になりました』と伝えたい。これからも十勝の雰囲気を大切に、連載を目標に頑張りたい」と話している。(酒井花)
2009年6月21日の記事
帯広第二飛行場 場所特定、貴重な町史に
 戦時中に旧日本軍が町内に設置したといわれる「帯広第二飛行場」の場所が明らかになった。町郷土史研究会(飛岡久会長)が、建設時の様子をよく知る畠山敏明さん(74)=緑陽台北区=への聞き取り調査を進めた結果、緑陽台から下音更にまたがる約180ヘクタールの広大な敷地に滑走路と誘導路が建設されていたことが分かった。飛岡会長(81)は「場所を特定できたことは町史の上で貴重」と話している。

 これまで存在は知られていたが、場所など詳細は分からなかった。同会副会長の那須敏雄さん(73)が中心となり、鈴蘭高台地区の古い地権者を頼って聞き取り調査を始め、当時、飛行場のすぐそばで両親が農業を営んでいた畠山さんにたどり着いた。

 那須さんは、47年当時に米軍が撮影し、畠山さんが所有していた航空写真のコピーに残る滑走路跡や誘導路跡、畠山さんの話を総合して場所を特定した。那須さんによると、滑走路は長さ約1.2キロ、幅約20メートル。誘導路は南北は北6線から北8線を越え、東西は緑陽台から下音更まで及んだ。畠山さんは「恐らく180町歩(ヘクタール)になっただろう」と証言する。

 畠山さんの自宅には、建設の指揮者だったとされる北部達91部隊の神津恭二郎連隊長がよく訪れ、「父が誘導路内からうちの畑を外してくれと頼んだら、聞いてくれた」との逸話も。4、5軒の農家が土地を没収されたことや、複数の朝鮮人が強制労働に当たっていたことも分かった。

 滑走路には砂利を敷き詰め金網を張っただけで、実際に戦闘機が使われたことはなかったという。「勝農(現在の帯広農業高)の学生がグライダーを飛ばしていた。おとりとして置かれていたベニヤ板の飛行機の上に乗り、兵隊に怒られた」と畠山さん。建設には相当規模の人力や砂利が投入され、「誘導路に使われた砂利は、畑地になっても最近まで残っていた」と話す。

 第二飛行場は今は痕跡も分からず、アッツ島など南方の激戦地に兵士を派遣した91部隊の兵舎は後に国立十勝療養所に転用、今は更地となった。那須さんは「当時、働き手の多くは戦地に出向き、詳細を知る人は希少」とし、飛岡会長は「軍都の村・音更の片りんを記録にとどめたい」と話している。(酒井花)

 帯広第二飛行場 音更百年史によると、鈴蘭高台の一帯を軍が買収。1942年に北部達91部隊(高射砲第24連隊)を編成、初めて音更に軍隊を配備し、その後、同高台に「帯広第二飛行場」を置いた。当時、現在の帯広市緑ケ丘公園に軍用に転用された帯広飛行場があった。町史には「戦局の急迫に伴い、いわゆるオトリ飛行場のやむなきに至り」とも書かれている。
2009年6月18日の記事
音更共栄中で乳幼児と触れ合い 命の大切さを実感
 共栄中学校(印牧建二校長、生徒323人)の体育館でこのほど命の大切さを体感する授業が行われ、3年生111人が乳幼児と触れ合った。

 家庭科の授業の一環。芽室町の助産師、松中ひろみさんを講師に迎え、同町や音更町などに住む母親と乳幼児17組が協力した。

 松中さんが命が誕生するまでを分かりやすく講話。生徒は赤ん坊を抱いたり、母親に質問するなど育児に関心を寄せた。約10キロの重りを付けての妊婦体験にも臨んだ。

 小笠原さんは「泣いても赤ちゃんはかわいい。お母さんは大変と思うけれど、それ以上にうれしさが伝わってきた」と話した。

 5カ月の三女と参加した青木久美子さん(29)=芽室町=は「多感な時期の子供たちに、こんなに愛されて育ったんだよということを知ってほしかった」と言い、昏本かよさん(39)=同=は「中学生ということで構えていたが、子供をだっこしたときの表情がかわいかった。いい体験になった」と話していた。(酒井花)
2009年6月18日の記事
こどもBAND 初のワークショップ 歌や遊び 音楽に触れる
 十勝っ子チャレンジワークショップ「こどもBAND2009」の第1回ワークショップが17日夜、音更町の鈴蘭会館で開かれた。小学生ら18人が参加し、講師を務める帯広市在住の音楽家クニ河内さん、マリンバ奏者の野田美佳さんと歌やリズム遊びを楽しんだ。

 ワークショップは帯広市民劇場、音楽の大地十勝などのメンバーでつくる実行委員会(関口好文委員長)が企画。月2回のワークショップで音楽の楽しさに触れ、9月13日に札幌芸術の森ステージで成果を発表するほか、十勝管内のイベントでも披露する。

 この日は4歳から6年生までが参加。クニさんの「ぼくのうたを」の手話合唱やリズム遊びのほか、各自が持参したリコーダーや鍵盤ハーモニカ、カスタネット、音の出るオモチャなどをクニさんのキーボードに合わせて鳴らした。見学に訪れた小5年の小野さんは「手話合唱とかが楽しかった。やってみたいと思った」と話していた。

 実行委ではメンバーを募集している。次回ワークショップは7月1日午後6時45分から同会館で。ワークショップは1回につき1000円(見学は無料)。申し込み・問い合わせは実行委(0155・48・8380、080・3239・2465)へ。(澤村真理子)
2009年6月17日の記事
ブラジルからPG訪日団 40人が音更入り 道知事杯に出場
 ブラジルからの「国際パークゴルフ(PG)交流訪日団」(40人)の一行が15日、音更入りした。町内在住で、かつて同国でPG普及に努めた谷川悟さん(69)=カフェBON経営=を頼っての来勝。発祥の地・幕別でプレーを楽しむほか、21日には同じく幕別で開かれる道知事杯第23回PG国際大会(NPO国際PG協会主催)に全員で出場する。

 ブラジルにPGが伝わったのは1999年。谷川さんが当時、ボランティアで滞在した際、指導、普及に努めて日系人社会に広がった。

 訪日団は、熱心な愛好者が3年前から訪日費用の貯金を呼び掛けて準備。40人の中には、清水町出身の小林(旧姓中村)幹枝さんら道内出身者が5人いる。13日に来日。谷川さんと妻の節子さんの案内で札幌に滞在し、日伯北海道協会の歓迎を受けた。

 この日午後から十勝入りした一行は、宿泊先の天然温泉ホテル鳳乃舞(音更)で谷川さんらと夕食を共にした。寺山憲二町長も駆け付け、町の大豆の煮豆を贈り、地元特産品やモール温泉など観光資源をPRして歓迎した。

 団長の小林利博さん(75)は「十勝はPGの先輩。親睦(しんぼく)を図りながら技術の上達を目指したい」と話し、団員中、最高齢の松岡美恵子さん(83)は「PGは歩くので健康になる。北海道は初めて訪れたが、(ブラジルと)違和感がなく、とても気持ちがいい所」と感激していた。(酒井花)
2009年6月17日の記事
親子でケーキ作り 道家庭教育サポート企業 柳月が協力
 企業内での家庭教育の充実を図る催し「親子で一緒にして見隊(みたい)−わたしもパティシエ」(十勝教育局主催)が14日、音更町内の柳月スイートピアガーデンで開かれた。十勝管内の13組30人がチョコレートケーキの飾り付けに挑戦、オリジナルケーキを完成させた。

 2006年度に創設された道教委の「道家庭教育サポート企業等制度」に参加する企業の従業員に親子で交流する機会を提供する試みで、昨年に続いて2回目。現在65社が協定を結んでいる。

 この日は柳月(本部音更、田村昇社長)が協力。同社スタッフの浅利久美子さん、溝口理恵子さんが講師を務め、参加者は用意された直径15センチのチョコレートケーキに、思い思いにクリームを搾り、砂糖菓子などを飾り付けていった。

 母親の淳子さん(39)と参加した翔琉君(7)は「ちょっと難しかったけれど、上手にできた」と笑顔を見せた。完成したケーキは各自が持ち帰った。(山崎大和)