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| 2010年2月16日の記事 |
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| 迫力ステージで魅了 平井音楽事務所 音更公演で益金寄付 |
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帯広市内の平井音楽事務所(平井一郎代表)の第9回チャリティーコンサート「Possible Power 限りない未来へ」がこのほど、音更町文化センターで開かれ、生徒22人が歌や楽器演奏でパワフルなステージを繰り広げた。
中島和華子さんの「みんな空の下」(絢香)で開幕。生徒は歌やギター、ドラムス、ベースなどの演奏でそれぞれに練習の成果を披露。自身で制作した「FEEL THE WIND」をギター演奏しながら歌った阿部祐也さん(23)は「気持ちよかった。百点の出来だった」と笑顔を見せていた。
2001年に開設した同事務所はボーカルやギター、ドラムスなどを指導している。コンサートは毎年開き、益金は市社会福祉協議会に寄付している。平井代表と今回のコンサートの出場者のうち最年少の小岩さん(14)が入場料の益金の一部と募金箱に寄せられた計3万3538円を十勝毎日新聞社に預託した。(澤村真理子) |
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| 2010年2月14日の記事 |
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| 8年ぶり雄姿に拍手と涙 平子選手の父母らテレビ観戦 冬季五輪 |
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「よく頑張った」
熱戦の火ぶたが切って落とされたカナダ・バンクーバー冬季五輪。14日早朝、十勝勢13人の先陣を切って登場した平子裕基選手(開西病院)の音更町の実家では、父の英俊さん(58)=会社役員=と母の多恵子さん(52)ら家族7人がテレビ観戦。歯を食いしばって懸命に滑る雄姿に大きな声援を送った。
居間には「Fight! 平子裕基」の横断幕。前回出場したソルトレークシティー五輪の現地で英俊さんと祖父の岩佐光雄さん(80)=農業=が使用した日の丸を握りしめて登場を待った。多恵子さんは「とにかく転ばずに滑り切って」と祈る。
白樺学園高時代の恩師故・坂井俊行監督の写真をテレビ正面に置いた。「ソルトレーク後に悩んでいたとき、いつも気遣ってくれた。大舞台で頑張っている姿を見てほしくて」と英俊さん。
午前6時40分、9組のレースが始まった。31秒台のラップで粘る姿に、祖母の岩佐春子さん(78)はうれしそうに手をたたいた。ラスト1周では「いけいけ、足、足動かして」と大きな声援。ゴール後は全員が拍手で健闘をたたえた。多恵子さんは「少しでも後ろから押してあげたい気持ち。本当によく頑張った」と涙ぐんだ。
トリノ五輪代表に落選し、失意の4年前。実家に戻り農家などでアルバイトする息子に、英俊さんは「本人は何も言わなかったが、張り合いのない顔を見ていると、進路に悩んでいる様子だった」と振り返る。「大舞台に戻れたのは声を掛けて頂いた開西病院や周囲の人に支えられたから」と感謝する。24日(日本時間)の1万メートル、28日(同)の男子団体追い抜き(パシュート)を応援するため、英俊さんと多恵子さんらは18日、新調した横断幕と赤い法被を持って日本を出発する。(北雅貴) |
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| 2010年2月14日の記事 |
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| 「春よ恋」でパン作り 地場小麦を召し上がれ |
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町内で栽培された春まき小麦「春よ恋」を使った料理講習会が11日、ハピオ木野2階料理教室で開かれた。生産者の中島徳治さん(61)が毎年冬に企画。親子連れら10人が参加し、パンやピザにして出来たてのおいしさを味わった。
「春よ恋」はパン作りに向いた強力粉で、風味の豊かさが特徴。中島さんは10年前に、約1ヘクタールで栽培を開始。昨年は反収(10アール当たり)480キロほどで豊作だった。毎年冬に料理講習を企画し、地元の人に食べてもらっている。
この日は約10キロを使い、うどん、パン、ピザを手作りした。パンは豆を生地に練り込み、オーブンだけでなくフライパンでも挑戦。ふっくらと焼き上がった出来たてに、参加者からは「小麦の甘みがある」と感想が出た。子供たちも、ピザの生地を伸ばしたり、手作りのトマトソースを塗るなど手伝った。
初めて参加した帯広市の本間政枝さん(57)は「天然の小麦の色をしたうどんに感激した。小麦も地産地消に努めたい」と話し、中島さんは「喜んで食べてもらえるのが一番」と笑顔を見せた。
料理講習は今後も2回予定している。詳細は中島さん(31・6413、090・9513・9108)へ。(酒井花) |
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| 2010年2月13日の記事 |
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| 歩くスキーもっと広めたい 上士幌の塩澤さん エコパに圧雪車寄贈 |
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「本格的なコースを」関係者も期待
クロスカントリースキーのコースを運営する道立十勝エコロジーパーク(町十勝川温泉)に、今年から180馬力の本格的な圧雪車が導入された。20年前に同圧雪車を手作りした元営林署職員の塩澤紀雄さん(70)=上士幌町在住=が、他施設に貸し出していたが使われなくなったため、「歩くスキーの普及につながれば」と無償で譲渡した。今年も多くのスキーヤーでにぎわう同パークでは「これで満足行くコースが造れる」と喜んでいる。
真っ赤なボディーの圧雪車は幅3.3メートル、全長4.4メートル、高さ2.3メートルで、4トントラックと同様のエンジンを搭載。キャタピラの幅は1.2メートルあり、後部に取り外し可能なローラーも付いている。
営林署時代に機械整備に携わった塩澤さんは、上士幌の十勝三股で歩くスキーの魅力にはまり、20年前からトラックの部品や廃材を再利用して圧雪車を自ら開発。これまでに3台を製造し、管内のコースの運営に使用してきた。
今回寄贈したのは、大手スキー場で廃車となった圧雪車を、壊れても修理しやすいようすべて国産部品に取り換え、3年がかりで完成させたもの。十勝千年の森(清水町)に貸与し、塩澤さんもコース整備を手伝ったが、同森が冬期間の常設コースを閉めたため、知人の紹介を通じ、同パークに有効活用してもらうことにした。
同パークは2003年以降、自然と触れ合いながら園内を歩く2キロと4キロのコースを造成。圧雪車はなく、職員がスノーモービルを走らせ専用のカッターで溝をつくってきたが、近年、「スケーティング走法で本格的にクロカンを楽しみたい」という要望も多く、コースを滑らかにするのに苦慮していた。
1月から同圧雪車を稼働させ、「想像以上に作業がスムーズ」と同パークの広瀬秀司管理事務所長。塩澤さんは「雪質や景観に優れた十勝は、世界でもクロカンのメッカになれる。五輪選手が誕生してほしいとの思いで、圧雪車を手作りしてきた。競技や健康にいい歩くスキーの普及のために生かしてほしい」と話している。(酒井花) |
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| 2010年2月13日の記事 |
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| 思い出刻んだ母校に別れ 80年の歴史に幕 東中音更小 閉校式 |
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今年度限りで閉校する東中音更小学校(庄司克哉校長、児童9人)の閉校式が、13日午前10時から同校体育館で開かれた。約200人が出席。80年の歴史を思い起こしながら閉校を惜しんだ。
同校は1930年に開校し、60年には移転改築。町内の小学校では最も古い校舎を持つ。閉校後は駒場小と統合される。
式では寺山憲二町長が式辞を述べ、閉校記念事業協賛会の新村順一会長らが歴代PTA会長、校長らに感謝状を贈呈。庄司校長が「閉校しても、地域挙げての子供への教育は続く。児童にはここで学んだ誇りを忘れることなく、心豊かにたくましく、21世紀にはばたいてほしい」と述べ、土屋和彦PTA会長もあいさつした。
また、児童会長の高橋さんは「東中音更での生活を忘れることなく、大きく飛び立っていこうと思います」と述べた。庄司校長から寺山町長に校名と校旗が返還され、出席者から大きな拍手が起こった。
最後に校歌を斉唱。正午からは「惜別の会」が開かれた。(伊藤寛) |
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| 2010年2月12日の記事 |
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| 会員70人があでやかに 藤悦津会初ざらい |
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藤悦津会(藤間悦澄・中山芳詩会主)の「お初ざらい」がこのほど、音更町内の木野コミセンで開かれ、会員70人が日ごろのけいこの成果をあでやかに披露した。
同会は昨年、10周年を迎えた。「初ざらい」は夏の「ゆかたざらい」と並ぶ恒例行事で、「会員はこの発表会を励みにけいこしている」(小椋澄子代表)。
全員による「木曽節」で幕開け。演歌や民謡に合わせて、会員が40のプログラムで次々と舞を披露。会主の「深川くずし」に続いて、最後は全員で「ありがとう音頭」を踊り、締めくくった。(高久佳也) |
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| 2010年2月12日の記事 |
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| 音更からオリンピック選手を リンク整備 子供たちに技術伝える |
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SS 世界選手権で活躍 小竹さん
かつてスピードスケート中長距離の国内トップ選手として活躍し、現在は町昭和で農業を営む小竹直喜さん(39)が今年度から町営スケートリンク場(音更中学校校庭内)の造成を任され、子供たちの指導に当たっている。毎日のようにリンクを訪れ、少しでも技術が向上するように−と細心の注意を払って管理している。
小竹さんは白樺学園高校卒。インターハイでは5000メートル、1万メートルで2年連続2冠を達成し、世界選手権にも5回出場した。2003年から2年間、同校のコーチを任され、国内トップ級の選手の育成に努めた。同時期に実家の農業を継いだ。
町営スケートリンクは昨年度まで町の委託業者が造成していたが、きめ細かな整備を要望していた町スケート協会(岩谷日出雄会長)が今年度から交付金を受けて管理することになった。造成委員長を任されたのが小竹さんで、委員7人で整備している。
昨年12月中旬から水まきが始まり、小竹さんは1週間は休憩小屋で仮眠を取りながら作業に当たった。従来とは異なり、外周400メートルの内側にさらに小さなコースを設け、コーナーのカーブワークを練習できるようにした。「細かい作業は大変だが、世界でも活躍するためにはコーナーの技術向上が欠かせない」(小竹さん)という、こだわりからだ。
小竹さんは3年前、アイヌ語で「怠け者」という意味のクラブ「TORANNE(トランネ)」を立ち上げた。意味とは正反対に、上達を目的に町内の小学生11人が広域から熱心に通ってくる。町営リンク8割、明治北海道十勝オーバル2割を拠点に活動。全十勝5年男子でトップの織田君(鈴蘭小)ら有力選手が集まり、「この中から10年もしないで、日の丸を背負う選手が出るはず」(小竹さん)と期待する。
小竹さんがこだわって町営リンクを造成するのは、「世界の一線で戦ってきた経験を伝えたい」ため。加えて「本当は滑り台を造ったり、アミューズメントのような空間にしたい。スケートはつらいというイメージを払しょくし、楽しいことを伝えたい」という構想もあるからだ。(酒井花) |
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