十勝毎日新聞に掲載された更別村の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第294回 [ 2008/05/07 ] 毎週火曜日更新
十勝めーる >>> 更別めーる
更 別 村
村長 岡出 誠司
面 積 176.45平方キロメートル
(総務省統計局より)
花木鳥 スズラン・カシワ
十勝年鑑2006より
(2005年11月28日発行)
□主な動き
 10月、村は幕別、忠類との市町村合併協議の是非を問う住民アンケートの集計結果を公表。合併賛成が30%、自立賛成が62%となった。アンケートや関係機関・団体と懇談の結果を総合的に判断し、村は11月、十勝中央合併協議会から離脱する議案を全会一致で可決した。

 11月、上更別地区の住民が中心となって経営する協働店舗「ポピーマート」がオープン。道内では初めて有限責任中間法人が運営する店舗となり、初日から村民ら大勢の買い物客が詰め掛けた。

 JAさらべつの2004年度農業粗生産額(1−12月期)が過去最高だった02年の99億円台を突破し、100億4,025万1,000円に。同JA初の100億円台を記録した。

 7月、農業用トラクターがコンクリートのそりを引く「第3回国際トラクターBAMBA(ばんば)」が開かれ、出場した36台のトラクターが迫力のレースを繰り広げた。村内外から約4,000人が訪れるなど、村を代表するイベントとなった。

 8月、「第2回全日本オープンパークゴルフinさらべつ」が開かれた。大会には2日間で153人が参加、計28人がホールインワンを決めるなど盛会に終了した。
関 連 リ ン ク
更別村役場ホームページ
商工会(桃源郷さらべつ探検隊)
十勝インターナショナルスピードウェイ
2008年4月25日の記事
ブラジル移住100周年 更別出身 浅野さん里帰り  
 1960年に更別村からブラジルに渡った浅野スエ子さん(78)=サンパウロ市在住=とその家族6人がこのほど十勝入りし、帯広市内に住む実姉の大松タツヨさん(80)ら親族と対面した。中には渡航後、初めての里帰りとなった人もおり、離れていた時間を取り戻すかのように、昔話などに花を咲かせている。一行は28日まで滞在する。今年は日本人のブラジル移住から100周年−。(丹羽恭太)

渡航後、農場転々と

 スエ子さんは60年、夫の厚作さん(05年死去)とともに、まだ幼かった子供3人を抱え海を渡った。ブラジルではさらに3人の子宝に恵まれたが、渡航から10年余りは農場を転々とし、食べるのもやっとの状況が続いたという。この間、帰省することもままならず、次第に日本にいる親類とは疎遠になっていった。

大所帯の6人で

 その後、厚作さんは農作物の卸業などを手掛け、生活は安定。スエ子さんにも里帰りするゆとりが生まれ、これまでに数回帰省している。また、6人の子供のうち5人も、これまでに仕事などで日本に来たことはあるという。しかし、すでに縁遠くなっていた親族が一堂に会する機会には恵まれなかった。

 今回の来勝で、親類の墓参りがしたかったというスエ子さんには「日本のみんなに会えるのは(年齢的にも)最後のチャンスかもしれない」との思いがある。ブラジルの家族を日本の親類に引き合わせておきたいという願いから、大所帯での帰郷となった。

「うれしくて…」感激

 来帯したのはスエ子さんと更別で生まれた長女の緑さん(53)、長男の厚志さん(52)、ブラジルで生まれた二女のしのぶさん(47)、三女のタキエさん(43)、孫の厚美君(10)の6人。管内に住むきょうだいや親類15人とともに帯広市内の飲食店を訪れたスエ子さんは「こんなに大勢で集まれて、うれしくて涙が出そう」と感極まった様子。また、姉の大松さんも「懐かしすぎて、何から話せばいいのか」と感激していた。

 今年はブラジル移民100周年に当たる。記念のTシャツを着た厚美君はまったく日本語を話せず、スエ子さんによる渡航後の歴史の重みを感じさせていた。