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| 2008年8月15日の記事 |
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| 落下傘部隊で出征 畔木さん 過酷な戦い…悲劇繰り返すな |
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第二次世界大戦が終わり、15日で63年が過ぎた。大樹町尾田に住む畔木(くろき)金治さん(87)は海軍陸戦隊の落下傘部隊として南方に出征。軍の命令で帰国し、千葉県の海軍陸戦学校で教官として指導に当たっている時に終戦を迎えた。毎年この時期になると、灼熱(しゃくねつ)の太陽の下での過酷な戦いや亡くなった仲間の顔を思い出す。1500人ほどいた同部隊での生存者はごくわずか。十勝出身者は3人いたが、ほかの2人も戦死したという。畔木さんは「戦争は二度とするものでない。平和は本当に尊いものだ」と淡々と話している。
畔木さんは富山県に生まれ、小学生の時に十勝へ移住した。中札内村で実家の農業を手伝っていた1941年1月、21歳で海軍に入隊。神奈川県横須賀で訓練を受けた後、飛行機からパラシュートで上陸する落下傘部隊に志願した。「どうせ失う命。国民の1人だから当然だと思った」と振り返る。
同年12月に太平洋戦争が始まり、翌42年1月、インドネシアのセレベス島へ赴いた。畔木さんによると、落下傘部隊は兵器を別に梱包(こんぽう)して落とすため、降下の際の武器はピストルと手りゅう弾2発だけ。畔木さんらは同島の飛行場目掛けて落下したが、パラシュートが開いた瞬間、「パチパチとまるで豆をいったときのようにはじける音が聞こえた」。「敵が待ちかまえて銃撃してくるとは思わなかった」と話す。
その後、10人ほどで列になって歩いていると、突然、横にいた同僚が背中から撃たれて倒れた。「天皇陛下万歳と叫んで息絶えた。そんな時代だった」。足を負傷して血だらけになった先輩に、親や友人らの激励が書かれた日の丸を包帯代わりに使ったこともあったという。
25年ほど前、戦時中に任務についていたサイパンを訪れた。きれいで穏やかな海を前に思わず詩を書いた。「何も知らない若い人は美しさに目を見張るだろう。(中略)この美しさを壊すな。悲劇を繰り返すな」と。
畔木さんは、「国も個人も名誉や金などで争ってはいけない。お互い一緒だと思う気持ちを共有してほしい」と願っている。(北雅貴) |
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| 2008年8月15日の記事 |
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| 窃盗犯を発見し尾行 町商工会石野事務局長 広尾署から感謝状 |
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道の駅コスモール大樹で7月下旬に発生した窃盗事件で容疑者逮捕に協力したとして、広尾署は13日、町商工会の石野松壽事務局長(60)に感謝状を贈った。
事件は7月28日午前6時半ごろ、同駅休憩室で仮眠していた大阪市の男性のバッグから財布などが盗まれた。
休憩室に設置の防犯ビデオに撮影されていた男の服装を覚えていた石野さんが同日午後、町内で男を発見。大樹駐在所に通報するとともに、尾行して男の居住地を突き止めた。男は8月2日午後、広尾署で逮捕。事件のスピード解決に貢献した。
この日、同商工会事務所で行われた贈呈式で、広尾署の山本良一署長は「犯人逮捕に地域住民の協力は不可欠。大変ありがたいこと」と感謝していた。
容疑者逮捕の決め手となった防犯カメラは、同駅では休憩室に広角レンズタイプが1台あるほか、特産品販売コーナーにも3台を設置。石野さんは「容疑者逮捕に協力でき、良かった。旅行者や観光客に、今後も安心して道の駅に立ち寄ってもらえれば」と話した。(長田純一) |
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| 2008年8月14日の記事 |
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| 管内美術家の23点並ぶ 文化会議美術部会が企画展 |
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NPO十勝文化会議美術部会(中西堯昭部会長)の企画展「対象を見つめて…具象画」が、町生涯学習センター・アートギャラリーで開かれている。油彩や水彩画など、管内の美術家の多彩な作品が並んでいる。17日まで。
今回は23点の具象画を展示。シラカバの幹の白さと周囲の緑のコントラストが鮮やかな「森閑緑林」(中西部会長)、吹雪の中で荷物を運ぶばん馬と手綱を引く男性を描いた「絆」(奥山徹さん)、冬の牧場を力強く走る馬を表現した「雪中馬」(日塔幸子さん)のほか、静物画、人物画などもあり、来場者の目を引いている。
入場無料。開場は午前9時−午後10時。(北雅貴) |
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| 2008年8月10日の記事 |
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| 旧歴舟小でチーズ生産 アグリスクラム北海道 大樹工場が本格稼働 |
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旧歴舟小学校の校舎をチーズ生産工場として活用する「アグリスクラム北海道」(本社札幌、三浦学社長)の大樹工場が、本格稼働を始めた。地元の生乳を使った「大樹ブランド」のチーズが9月にも販売される見込みだ。8日には同所で操業記念式典と工場見学が行われた。
同工場は「地域資源を活用したチーズなど、乳製品工房による地域活性化プラン」として昨年、内閣府の地域再生計画に認定。助成を受け、2005年に廃校となった同校舎内部を改築した。校長室を生乳受け入れ室、図書室をチーズ製造室にするなど1、2階の13室を使用する。
今年1月ごろから、同社の出資者でもある農業生産法人牧家(伊達市)が協力。技術者の養成や製造準備、試験操業を行い、このほど本格的に操業が始まった。
現在は5人のスタッフが常勤。週に3、4日、機械を稼働させ、1日1トンの生乳から約120キログラムのチーズを製造している。チーズのブランド名は、フランス語で「北の牛乳」を意味する「レ・ドゥ・ノール大樹」。9月からソフトチーズの「大樹の白いチーズ」「大樹の林檎酒チーズ」と、「ドリンクタイプ生チーズ トマト」「同ゆず」の計4商品を販売する予定だ。
売り上げは初年度3000万円、3年後には2億円を目指す。来年度にはほぼ毎日稼働、生乳の受け入れ2トンが目標。スタッフについても「最終的には15−20人とし、積極的な現地雇用も行いたい」(三浦社長)とする。
記念式典には約60人が出席。三浦社長が「立派な生産基地として、町の皆さんと一緒に大樹ブランドを作っていきたい」とあいさつした。伏見悦夫町長、岡本光昭十勝支庁長、田口礼造下芽武行政区副区長が祝辞を述べた。工場見学もあり、出席者は興味深い様子で機械を見ていた。(北雅貴) |
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