十勝毎日新聞に掲載された浦幌町の話題やお知らせなどを、
地域のみなさまや、十勝を離れて暮らす方々にふるさと情報
としてお伝えします。
第385回 [ 2010/02/18 ] 毎週木曜日更新
十勝めーる >>> 浦幌めーる
浦 幌 町
町長 水沢 一広
面 積 729.64平方キロメートル
(総務省統計局より)
花木鳥 ハマナス・ナナカマド・アオサギ
関 連 リ ン ク
浦幌町役場ホームページ
浦幌町商工会
浦幌町立図書館
2010年2月15日の記事
マイナー魚おいしく 厚内 主婦ら料理研究会
 厚内公民館(古畑和恵館長)の公民館講座「さかな料理研究会」がこのほど、同公民館で開かれた。地域の主婦11人が参加。流通にはあまり乗らない魚を使って料理のアイデアを出し合い、調理して舌鼓を打った。

ガンジかば焼きなど

 同公民館では以前、外部講師を招いて魚料理の教室を開いていたが、今回は地元住民で知恵を出し合うことにした。材料の魚は厚内漁港の主力であるサケやシシャモなどではなく、これらに混獲されるガンジ、キュウリウオ、チカ、オオマイの4種類を使用。4グループに分かれて調理した。

 見かけがグロテスクで、釣りの仕掛けを壊すことから嫌われるガンジは、浜では味が良いことで知られる。今回はかば焼きと酢豚風の甘酢あん掛けを調理、淡泊で食感が良いと好評だった。

 また、独特のにおいがあることで知られるキュウリウオは、揚げ粉の中にチーズとバジル、青じそを混ぜたフライに。においが消え、苦手な人にも全く気にならない一品となった。チカはマリネやグラタン、オオマイはシンプルな塩味の三平汁にした。

 試食ではお互いの料理に舌鼓。厚内地区では普段、新鮮な魚が手に入るだけに、参加者からは「ちょっと手を加えることで料理の幅が広がる」などの感想が出た。

 大津漁協女性部厚内支部の藤谷咲子支部長は「漁業夫人だけでなく、異業種の奥さんたちと一緒に考えると、新しい発想が次々と出てきて楽しい」と笑顔。古畑館長は「普段は気付かない魚の魅力を引き出せた。来年はまた違った魚で取り組みたい」と話していた。(大笹健郎)
2010年2月14日の記事
忘れない浦幌高校 閉校記念式典惜別の会グラフ
大合唱
惜別の会フィナーレは、在校生によるトーンチャイム演奏(録音)に合わせ、うらほろサロンコーラスのリードで、参加者全員が校歌を大合唱。59年の思いを込めた
記念撮影
久々に再会し、記念写真を撮る同級生ら。こうした機会も今回で最後だ
思いつづる
卒業生の思いを託した「あなたにまた会えてよかった」を作詞した那須野貢さん(全日制1期)と、作曲した福沢恵介さん(同7期)。この日はサロンコーラスとともに披露した
 3月で閉校する浦幌高校(山口聰史校長、生徒14人)の閉校記念式典と惜別の会が13日、同校と町中央公民館で開かれた。惜別の会には卒業生、住民ら約400人が参加。地元の味覚を味わいながら、郷土芸能や、卒業生の作った歌を聞き、59年の歴史を語り合った。遠方から駆けつけた卒業生も多く、北九州市の看護師、中井晴美さんは「20年ぶりの母校訪問がこんな形になって残念だが、今の自分があるのはこの学校と地域のおかげ。これからもずっと忘れない」と話した。最後は全員で校歌を合唱し、それぞれの胸に刻んだ。(文・大笹健郎、写真・山下僚)

 ■功労者に感謝状 浦幌高校の閉校記念式典では、2002年の50周年式典以降の功労者に感謝状が贈られた。
2010年2月13日の記事
思い出刻んだ母校に別れ 59年の歩み振り返る 浦幌高
400人出席で記念式典

 3月末で59年の歴史に幕を閉じる浦幌高校(山口聰史校長、生徒14人)の閉校記念式典が、13日午前10時から同校で開かれた。在校生や教職員、卒業生ら約400人が母校の歩みを振り返り、別れを惜しんだ。

 山口校長が「今後も校歌にある『遠くても敢(あ)えて修めん』の精神でますますの活躍を」と式辞。閉校記念事業協賛会の竹田悦郎会長、水沢一広町長らがあいさつ、功労者に感謝状が贈られた。

 佐藤法士生徒会長は「思い出プロジェクトでさまざまな体験をさせていただき、多くの思い出をつくることができた。地域と共に歩んだ私たちの思いは消えることはない」と惜別の言葉を述べた。

 正午からは町中央公民館で「惜別の会」を開催。参加者は郷土の料理を楽しみ、卒業生が作詞・作曲した「あなたにまた会えてよかった(1期生心の歌)」を歌うなど交流し、思い出を語り合った。

 同校は1951年4月、池田高校浦幌分校として浦幌中校舎を間借りして開校。57年の独立校舎(町東山)建設、61年の全日制開設などを経て84年、現在地(町帯富)に移転した。生徒数は一時445人を数えたが、近年急激に減り、2008年度から新入生の募集を停止した。今年度を含め、4268人の卒業生を送り出している。(大笹健郎)
2010年2月13日の記事
上浦幌中生、氷上の熱戦
 上浦幌中学校(太田朋則校長、生徒26人)の冬季スポーツ大会がこのほど、同校スケートリンクで開かれた。

 生徒を紅白に縦割り。最初にアイスホッケー3試合を行い、体育の授業の成果をぶつけ合った。続いて、靴のまま氷上に乗る「靴ホッケー」を展開。思うように前に進まなかったり、パックと関係ない場所で転倒するなど珍プレーが続出する中、熱戦を繰り広げた。
2010年2月11日の記事
厳寒の雪原進み感動 浦幌博物館移動教室に40人
 博物館講座の移動自然(厳寒)体験教室「豊北雪原と自然」(町教委主催、町立博物館、中央公民館共催)がこのほど、豊頃町にまたがる豊北海岸周辺で開かれた。今回は「東十勝ロングトレイル活動協議会」(会長・萩原一利帯広建設業協会会長)の「海のルート モニターツアー」の一行も合流、約40人が参加した。

 同海岸のトーチカ跡に集合した一行は、歩くスキーで凍結した沼や湿原を巡るグループと、雪のない砂浜を歩くグループに分かれ、十勝川河口を目指した。浦幌野鳥倶楽部の武藤満雄代表や、佐藤芳雄町まちづくり政策課長らがガイド役を務めた。

 好天に恵まれたものの、スタート時の気温は氷点下15度近い“厳寒体験”。参加者はそれでも2時間ほどの行程を元気に歩き、スタート地点に戻った。道中、オジロワシやゴマフアザラシ、ミユビシギも観察できた。帯広市の会社員、森唱大さん(21)は「いろいろなものが観察できて良かった」と話していた。

 帰着後は浦幌産シカ肉ジンギスカンや豚汁が振る舞われ、参加者の体を温めた。モニターツアーの一行は周辺の史跡なども訪ねた。(大笹健郎)
2010年2月10日〜12日の記事
万緑萌ゆる 浦幌高校 3月閉校
歩み (上)
町民の熱意で待望の開校 分校統廃合…最盛期は445人

中学校に間借り
 1950年、浦幌中の3年生だった橋枝貞信さん(74)=町内在住=は校内弁論大会の壇上に立っていた。「農林青年と教育」をテーマに、地元に夜学をつくってほしいと切々と訴えた。多くの親も同じ気持ちだった。学びたくても、家業の人数は減らせず、汽車通する余裕もない−そんな中学生がたくさんいた。

 そんな中、当時の吉川利昌町長や町議会が積極的に動き、51年4月5日、池田高校の浦幌分校として定時制普通科1学級の開設が認可された。5月13日に開校・入学式を開催。浦幌中校舎を間借りしてのスタートだったが、生徒の胸には喜びが満ちていた。その春の中学卒業生だけでなく、5、6歳上の人も多かったが、「連帯感も芽生え、仕事や生活の中で年上の同級生に助けられたこともあった」(橋枝さん)という。

 翌52年3月4日の十勝沖地震で校舎が倒壊、今度は浦幌小校舎を間借りして授業を続けた。11月、「北海道浦幌高校」に改称して独立。57年8月には町東山に待望の校舎が完成し、61年に全日制課程が開設された。

 この間、炭鉱分校の設置・廃止や野幌高等酪農学校浦幌分校(酪農科、家庭科)の併設・廃止、帯広洋裁専門女学校浦幌分校の吸収合併など複雑な経緯をたどったが、徐々に全日制課程に一本化。中学後の教育が集約され、町を支える人材を育ててきた。

 64人でスタートした生徒数は、当初数年間は停滞したものの、卒業生らが山間部の農家らに働き掛けるなどして維持に努めた。その後は町の人口増に伴って急増、67年には各学年3クラス、全校で445人に達した。

野球で全道4強
 68年、高校野球の秋季大会で浦幌高は十勝大会を初制覇。全道でも4強入りする健闘を見せ、まちは大いに盛り上がった。学校の知名度は大幅にアップ。当時1年で後に主将となった工藤勇夫さん(57)=同=は「それまでは練習試合なども門前払いだったのが、『おお、あの浦幌か』と受けてくれるようになった」と振り返る。「思えば、あのころが、浦高の一番いい時だったのかもしれない」

 それから40年余り。生徒数は減少の一途をたどり、2008年度から生徒募集が停止、09年度での閉校が決まった。「通学が便利になり、高校生が家業を手伝うことも少なくなった。時代が変わり、仕方のない面もあるが、あまりに寂しい」。橋枝さんの目に悔しさがにじんだ。(大笹健郎)

◇◇ 3月末で59年間の歴史を閉じる浦幌高校(山口聰史校長、生徒14人)の閉校式と惜別の会が13日、同校などで開かれる。この間の歩みと、送り出した卒業生(今年度を含め4268人)の活躍を振り返るとともに、教育の拠点を失う町の未来を考える。

浦幌高年表

個性的な人材 (中)
スポーツ、芸術で才能開花 陸上選手、漫画家、歌手…

箱根駅伝に出場
 開校以来、4000人を超える卒業生を送り出してきた浦幌高校。地元で学んで就職し、郷土の発展を地道に支えている人が多いが、一方ではスポーツや芸術・芸能などの分野で活躍する個性的な人材も輩出している。

 1976〜79年、正月恒例の箱根駅伝に、浦幌高陸上部出身の2人の選手が4年連続で同時に出場した。

 全日制10期の竹島克巳さん(順天堂大、現白鴎大陸上部監督)は3年時に9区で区間2位、さらに4年時には同区で区間賞を奪い、総合優勝に貢献。同12期の大越正禅さん(駒澤大)は過酷な山登りの5区で2年時に区間2位、3年時には3位に入った。同18期の高橋慎さん(順天堂大)は84年と85年(3、4年時)に出場。当時の最長区間9区を走り、チームの総合3位、同2位入賞に貢献した。

 いずれも在校時から活躍し、ほかにも全国、全道で活躍する選手が同校から誕生した。十勝記録、同高校記録には彼らの名が今も並ぶ。

 当時の浦幌高はグラウンドが狭く、学校裏の東山の急坂を上り下りしたり、起伏の激しい林道を10キロ以上走るなどして練習した。「竹島さんや私のころは、外国の名コーチの著書を分析し、自分たちで練習メニューを考えた」と大越さん(53)=町内在住。高橋さん(47)=同=は現在、町教委に勤め、各種スポーツ大会を運営する側に立って後進の成長を見守る。

最後の学校祭出演
 漫画家の吾妻ひでおさん、松久由宇さんは全日制5期の同期生。ともに在校時からプロを目指し、70年代、吾妻さんはギャグマンガで、松久さんはSFなどでそれぞれ人気を得た。吾妻さんは自らの生活をテーマにした「失踪日記」で、2005年に文化庁メディア芸術祭漫画部門大賞などを受賞した。

 画家でエッセイストのはせくらみゆきさん(全日制18期)、講談師で小説家の神田茜さん(同20期)は、ともに女性からの支持を集めて活躍中だ。東京で音楽活動を行う奥山友美さん(同32期)は在学中からラジオのレギュラーを持った。昨年7月には母校最後の学校祭でコンサートを開催。「在学中は教室で歌詞を書いていた。最後に、そんな曲たちを披露できたことをうれしく思う」と話す。

 「本当の気持ちが入った詩に、肩を組んで歌えるような曲をつけた。13日の惜別の会では、みんなで一緒に歌いたい」。万感の思いを胸に当日を待つのは、札幌を拠点に活動する歌手の福沢恵介さん(同7期)。閉校に当たり、先輩の那須野貢さん(同1期)の詞に合わせ、「あなたにまた会えて良かった」という曲を作った。

 山口聰史校長は「先輩たちは粘り強さと研究熱心さを併せ持ち、それぞれの可能性を信じ、個性が尊重されていたとも感じる。それは現在の生徒にもつながっている」と話す。校訓「拓く・翔く・愛しむ」は89年の制定だが、そこには青春の記憶が染み込んでいる。(大笹健郎)

消える地元高校 (下)
学校祭のもちまきでは、生徒のサービスに町民が大喜び。この光景ももう見られない(昨年7月)
学ぶ機会確保 官民で模索 町への愛着育てる企画も

通学費一部補助
 浦幌高校は13日の式典、3月1日の卒業式でいよいよ閉校を迎える。列車通学や下宿を余儀なくされる生徒のケア、将来を支える人材の確保…。地元高校を失った後、まちはそうした課題にどう向き合っていくのか。

 地元校の閉校で最も心配なのは、経済的な事情で列車通学や下宿が難しい生徒の進学だ。町は新年度から、町内に保護者が住むすべての高校生を対象に通学費の一部を補助する方針。もともと町外校に通わせていた家庭への配慮から、従来は所得などで限定してきたが、閉校ですべての生徒が同じ条件になることから、新制度に踏み切る。

 水沢一広町長は「浦幌に住んでいても、学ぶ機会が制限されないようにしたい。2011年度からの第3期まちづくり計画の中でも定住・子育て支援と併せて位置付け、対策を取りたい」と話す。

 一方、町内では募集停止の決まった2007年から、官民による新しい取り組みが始まっている。「うらほろスタイル教育」だ。

 行政や産業界から講師を招いたり、史跡見学などを多く取り入れ、地域の魅力を小・中学生が自ら発見、認識し、それをどうまちづくりに生かすかを考えている。浦幌中3年生は毎年、商品やイベント企画など具体的な提案をつくり、町民の前でプレゼンテーションを実施している。

 募集停止時のPTA会長で、運営に積極的にかかわる山岸嘉平さん(53)は「魅力を知ることで、生徒たちにまちへの愛着と誇りが芽生えてきたのを感じた」と話す。いい高校に入ること自体が目標だった生徒たちが、「自分のまちのことを忘れないでいたい。町外の高校に通っても、将来帰ってきたい」と口にするようになったという。

 プレゼンは毎年行われ、キャラクター開発やイベントへのふわふわ遊具導入など、幾つかを町の大人が具現化。子供たちに、まちづくりに参加する喜びを伝えている。

 このほか、多彩な1次産業を生かした農山漁村交流の取り組みも官民でスタート。地元に高校はなくても、都会の青少年を健やかに育てることに役立ちたい−。そんな思いが人々を動かしている。

料金割引は継続
 浦幌高は04年からは学校祭名物の提燈(ちょうちん)行列を商店街のイベント「YOU遊ナイト」に乗り入れるなど、生徒の躍動する姿がまちを盛り上げてきた。見守ってきた住民は寂しさを隠せないが、高校生が過ごしやすい環境は守り続ける。

 通学路にある喫茶店「カナリア」には、中・高生を対象にした「スクール割引」が存在する。主に利用していたのは、部活帰りでおなかを空かせたり、おしゃべりを楽しむ高校生だった。その姿も極端に減ったが、須藤尚子店長はメニューから割引を外さない。「列車通学の帰りでも休日でもいい。自分の家のように気軽に来て、元気な顔を見せてほしい」−。町民に共通する思いだ。(大笹健郎)